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「孤独のグルメ」、いまさらにハマる。


「孤独のグルメ」、いまさらながらにドラマの方から見てハマった。
 
というか、主演 松重豊(まつしげ ゆたか )さんの、あのコワもてのする顔立ちで、ああしたモノローグ進行の淡々としたドラマ。
それだからハマった感じがする。
 

松重豊さん、公称の身長が188cm。まぁ、ざっと190cm。すばらしい体格だ。
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原作は漫画。
原作・久住昌之さん、作画・谷口ジローさん。
1994年~1996年にかけて連載された作品が原点なんだから、ブレイクしたのは最近のことだと言える。ドラマ版のヒットのおかげなのかな?。こういう作品の見直され方はいいことだよね。(掲載誌を変えて現在も不定期掲載しているらしい。)

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やはり「実物の映像」は強い。いわゆる「シズル感」ってやつ。
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漫画版、谷口ジロー先生の繊細な緻密画の描写も、相当なポテンシャルなのだが、「映像」はダイレクトだものね。
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そうしてドラマヒットの最大要因は、松重豊さんの「食べっぷり」と、その「表情」の説得力でしょう。
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なんというか、横幅も大きな巨漢がモリモリ、ガツガツ食うのとはスタンスが違う。たたずまいがスマートなのである。それでいて"爽快感"のある食べっぷりなのだ。

 
私自身は本来「食べること」に興味が淡白で、味蕾も発達していないお子様口(ぐち)のままだ。
偏食家でもある。苦手が多い。(海産物に好きなものがあまりない、「にぎり寿司」、「お刺身系」が苦手、となれば、世の中の食べ物の半分以上が不得手みたいなものだ。)
まぁ、肉系やお野菜は食べる。白米大好き。麺類も好きだから、食事に困りはしない。
 
苦手系も「まったく食べられない」のではなく、トロ、サーモン、アナゴのにぎり等、食べれば「旨いな」とは思う。
でも、好物か?と聞かれたら、別に積極的に食べたくもない。
ウニやイクラははっきり駄目。イセエビやカニやフグは食べられるし、それなりに美味しいのだが世間的に歓迎されている感じほど私には嬉しいわけではない。
フォークとナイフとスプーンを使い、マナーまで強要される料理の席なんて勘弁してほしい。
箸でハンバーグや丼(どんぶり)ものでも食べてる方が気楽だしね。(スプーンやフォークも好きに使っていいのなら問題ない。箸も持ち方ひとつまで手厳しく何かを指摘されるのならほっておけと思う。)
  
ドラマ中には「くすぐり」的なジョーク・シーンもよく挿入される。「コワいタモリ」みたいなサングラスの松重豊さん(笑)。
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原作準拠の「古武道」の心得があるシーンもドラマにおいて描写された。(原作漫画とはシチュエーションがまったく違っていたが。)

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それから、上のシーンで、「主人公にアームロックを決められる役」のためだけに出てきた、酔客役のモト冬樹さんとか、下の嶋田久作さんとか、
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浅野温子さんが料理屋のおかみさん役でさりげに出てきていたり、毎話のエピソードのゲストが実に多彩だ。
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番組のおまけにはロケ現場になった実在の店に、原作者の久住氏↓が実際に訪れて、現場レポートなどもする。
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原作者の久住さんご自身は、お酒もかなりイケるわけで、漫画(ドラマ)の主人公ゴローちゃんを「下戸」設定にしたのが不思議なくらい。

でも、だからドラマ中、食の感想以外にプラスして延々と「お酒との相性」を語りだすようなシチュエーションが皆無だから、その辺はとてもスマート。
ドラマが個人経営者、営業で外回りしまくっている人が主役だからね。昼間から飲んでいたら仕事にならない。
(あと、スイーツ好きでもある。これに関しては役柄の松重豊さん自身は"甘いものが得意ではない"とのことなので、ここは役者根性の"好物そうに食べる"撮影だったんだろうな(笑)。)
これ、「お酒」をたしなむ要素も主人公に加味してたら、作劇のスタンス自体も変わっていたのかもしれないね?。 

いや、むしろ逆か。下戸設定だから生きてくることもある。
"呑んべぇ"でなければ基本入らない店、入りにくい店、下戸には見つけられないような店を、このシリーズでは下戸の皆さんにも知ってもらいたいんだと思う。
「season5」の第12話のラスト間近のシーンで、ゴローちゃんのモノローグとして明確なメッセージが語られている。
「きっといい飲み屋って、飯(めし)もすごく旨いんだ。下戸よ、尻込みするなかれ。"敵陣"にご馳走あり、だ。」と。
 
加えて、劇中主役の井之頭五郎は、なかなかの大食漢の描写。
私などは大食漢には感心する。(憧れもしないが、・・・いや、けっこう羨ましいかな?(笑)。モリモリ食えて、バリバリ行動できる人の方がポテンシャルは高いだろうからね。)
私は基本的に「量が食べられない」タイプ。
少し食いすぎると「苦しむ」タイプなのだ。
店屋もののたっぷりな量のラーメン一杯を「もてあまし気味」にしてしまうほどの胃袋なんである。
 
食べ過ぎて(他の人にはなんでもない量で)苦しむくらいなら、空腹感のままでいる方がマシという奴である。
低血糖でフラつきはじめて、ようやく食べなきゃ、という感じ。
 
こういう、"食べることに幸せを感じるキャパシティが狭い"ってのは、「とても不幸なこと」なんだろうな、と率直に思う。
 
 
その点、ゴローちゃんの劇中の「急に腹が減ってきた」という3段ズームアウトのお決まりのシーンは、カリカチュアな描写なんだけど、「食べることにシフトを入れ替える」毎回お馴染みの演出で笑える。
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「食べる」という行為が、そのまま「しあわせ」につながっていく流れは清々しい。
(漫画版では「失敗回」の描写もあるようなのだが、ドラマは実在の店をロケ地に選んでいるので、基本、「成功パターン」しか描かれない。)



私そのものは、偏食で少食。 
だから、そんな私が、いわゆる"グルメもの"には、テレビや漫画にしろ、からきし興味はなかった。
 
いかにも、という感じの「クッキングのアイデア番組や漫画」とか、「もはやバトルものと化した格闘グルメ」なんてのにはほぼ無関心。
 
「企画」としては演出的な面白さは感じるのだが、「料理の鉄人」なんて、食通の審査員が薀蓄語って、料理人、メニューの勝敗を決めるという流れは「?」だった。
本来、そういう世界に勝ち負けなんかあるハズないでしょ、と。
「食事」や「食卓」のそれぞれに滋味があって、どちらが上でも下でもなく、万人にあてはまる「結論」もないハズなんだから。
 
それにセレブや高級食材とか、こちとら無縁だし。
 
俗に言われる「頑固親父の店」とか、客がストレス感じるような空間は私は要らない。

つまり、そういう描写が前面に押し出されるような「作品」も「コンテンツ」も偏食家の私からは『ウザい』わけである。
 
それが、『孤独のグルメ』のスタンスと松重豊さんの"食べっぷり"や佇(たたず)まいを見ていると、食通ものにありがちな「ウザさ」が微塵もなくて、見ていて素直に「あ、うらやましい・・・。」と思えるのである。
そこがポイントだ。
 
あんな風に「食に感謝して」、なんでも美味しそうに食べられたら「幸せだろうなぁ」と感じるからである。
 
私の不得手な「お魚料理系」や「辛いもの」や「ちょっと得体のしれない初物(はつもの)料理」まで、ちゃんと美味しそうに活写出来てる"映像"や"劇中のモノローグ"の威力が爽やかなのだ。
「下戸設定」まで、私には好ましくなってくる。(かと言って、「呑んべぇ」な視聴者も排除されてるわけではない。呑める人ほど、あの食レポートは、「食欲」と「愛飲」を刺激されることだろう。)
 
「食に興味の薄い」私のような者まで取り込む"魔力"っぷりが、この作品の要(かなめ)なのである。
 
路地店や、商店街で普通に営業している店への賛歌が好ましいのだ。
 

下戸なんで、飲み物はジョッキでウーロン茶を飲むゴローちゃん。
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おっさんがよくやる、おしぼりで顔を拭くという行為すら自然。食事に夢中になって、暑かったり辛かったりしたら、美味しいがゆえに汗もかく。人間の自然な生理現象だ。
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あと、「BGM、音楽」の要素も場面に合わせて軽快な感触が心地よいですし。
完食する追い込み時にかかるベンチャーズっぽい曲、好きですよ(笑)。

 
このシリーズ、"気取り"も"こけおどし"も"しったかぶり"もないのがいい。
(たまには、こうるさい回もあったかな?)
 
でも、「いただきます」にはじまり、「ごちそうさまでした」で締められる行儀のよささえあれば、食べる場所はどこであろうと、たとえテイクアウトのパックに入った「アサリご飯」を事務所で食べるのであろうと、なんの衒いもない。
 

仕事をしている現代人の食卓には、こういうシーンはむしろつきものだろう。
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あと、「役者さんの本気食い」が、よく映像に収まっていた。
 
撮影前は絶食に近い形でロケに望んでいたという松重豊さん。
彼がガチ食いで、膳のものを完食するサマが好評だった。
 
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見方によってはお行儀が悪いと見なされる「かき込み鉢」飯系、おかず系の完食っぷりは、ここでは作った料理人に対する(食材や生産者に対しても勿論)賛辞と感謝の行為と言える。
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偏食の私が、「飯テロw」と思える回も何回となくあった。
 
"カツサンド"の描写はその最右翼。
サンドイッチ系は好物な私。
この回は、テレビで紹介のヴォリュームほどのものではなくても、カツサンド、「近場のでいいから、買いにいこう。」とか思いましたよ。
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シリーズ中においては、日本的な大衆食堂、庶民感覚の食事をする描写が多いのだが、国内にも外国料理の店舗はあったりするわけで「食の探求者」というか、果敢に経験もない外国料理に(飛び込みで)挑戦するサマは恐れ入る。
 
ほとんど偏食のない主人公の設定、実際、食べちゃってる役者さん、すごいわ。(原作的に、局ドラマ的にリサーチされていたとしても、すごいわ。)
ブータンのとうがらし料理の回の描写には笑いましたよ。松重豊さんが食べながら辛さに(「ぶふッ」と少しむせつつ)笑っている様子も「素」なのか「演技」なのかわかんない(笑)。(「素」にしか見えないw)。「辛い、けど。いや、美味しい!」。そしてそのまま食べきってしまうという。
私には絶対にムリ(笑)。
  
いやはや。
 
いまさらながらの(世間の話題から遅れまくった)感想記事でしたが。
ドラマは大変に好評とのことで、1シーズン12話構成くらいのものが、すでに「season5」まで続いていますね。(1話が40分~47分。「season1」は30分番組だったらしい。)
 
リアルに食べている、主役の松重豊さんも、健康管理、体格体調の維持をしながら、言ってみれば「当たり役」としてここまで立派に登板なされている。 

松重豊さんを主役にしたからこそヒットしたのだ。彼の存在感は抜群である。
別の人がこの役やっていたら、ここまでヒットしたかどうかは甚だ疑問だ。

ドラマの企画者が、主人公の立ち位置に"食のハードボイルド"的な視点をもって望んだのは慧眼である。
凡庸な作り手が製作陣の核にいたら、たんなる「バラエティ」にしてしまっていただろう。
 
普段、そういうバラエティ的なクッキング番組は見ないし、料理人ドラマも見ることもない私だけれど、このシリーズだけは全シーズン、遅れてでも自然な気分で視聴できますね。
(たぶん、繰り返し見ることも出来そう。)
 
モノローグで語る内容も、含蓄のある名言が豊富だし。
俳優、松重豊さんのファンにもなった。 
 
「season6」はあるのかな?。 
 
 
 

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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2016-04-30 06:55 | ドラマ | Comments(2)

ミレニアムファルコン ~Millennium Falcon~ の魅力


デアゴスティーニの「週刊ミレニアムファルコン」の方は、店頭の方も落ち着いてきたというか、もう、「熱気的には、最初期の高揚感は過ぎちゃった」みたいな所はある。
 
分冊百科ものの、いつものことでありますから。
 
ここから先は、「定期購読」を書店経由か、デアゴスティーニさんに直接申し入れた好事家たち(真性マニア)が、完走するまでの長い道程となるわけでして。
 
私の知人にも「定期購読」を決めた人はいるので成り行きは見守れそうです。
(2年後には祝賀会だな(笑)。自分の過去2年間を思い返しても、今となってみれば、「あっ」という間だったものな。「やり通すことを決めた」人々に祝福あれ。)
 

マスターレプリカ社のデザイナーである、Steve Dymszo氏。
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今回のデアゴスティーニ版の企画に積極的に関わったのかどうかは私は不勉強で知りませんが、こういう形でデアゴスティーニの「塗装レクチャー動画」に参加するということは、やはり仕掛け人のお一人なのでしょうか。
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あらためて見ると、でかいね。デアゴスティーニのミレニアムファルコン。
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キットの「外装パネル」部分の材質はABS樹脂製。これは、プラスチック(合成樹脂)と言っても、ちょっとクセがある。(一応、日本の一般的なインジェクション・プラモデルキットよりは耐衝撃性強化樹脂という建前なのだが。最近のガンプラはABS製らしいね。)
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一般的な巷の、言わばタミヤの「戦車模型」や「艦船模型」、「飛行機模型」に使っても差し支えのない、接着剤や、塗装溶剤が「鬼門」だったりする。
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むこう(海外)で一般的に販売されている、接着剤or溶剤とかの「使ってはダメな例」を紹介していたが、
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うん。向こうの商品だし、解説が字幕なしの英語なんで、よくわかんない。
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「使用OK」な推奨品も紹介されていたが、なんにせよ「注意しろ」ということだ。
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この辺は「ABS樹脂模型」の取扱い、塗装方法については、日本国内でもレクチャーされているので、ちゃんとググっておいた方がいい。
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使っちゃいけない種類の「塗料用剤」で彩色しようものなら、最悪、パーツ本体に数時間後か数日でクラックが入ったりするようだ。
この辺はすでに、過去の別ジャンルの「キットもの」でも、"ソフビ材質"と塗料が合わなくて、後年「塗膜がベタつく」なんてことを商業ベースでアイテムを発売した、日本のメーカーですらやらかしているので、ユーザー側でも勉強はしなければならない所だ。

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あと、これもすでによく広報されていることだが、分冊で提供されたパーツの一部に、「造形的なエラーがある」ようだ。
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ここは組み立てる時に、訂正しておくのがプロップに準じて正しい再現になるとのこと。(メーカー側で「間違えたまま接着成型して売るなよ」とは思いますが。)
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そう。「プロップ通りでない枠位置」のまま接着して配布されたので、はがすのは慎重に。
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ガチガチな接着ではないので、根気よくやれば、そう傷つけずに分解は可能らしい。再接着時には、間違った位置決めに「凸と凹の臍(ほぞ)造型」がパーツにモールドされているので、それはデザインナイフとかで切り落とさないと、位置修正のジャマになる。
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あ、あと私が気になっていた大事なところ。
「着陸脚」(ランディング・ギア)に関して。
こういう映像があった。
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「ランディング・ギア」のパーツが動画で紹介されているということは、ちゃんと「キットに提供される」ってことなんですよね?。
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動画で見る限り、「飛行形態」と「着陸形態」と選択できるようではある。
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例の4本のボルト穴が生きているということは、あのボルトは、飛行形態用のもの(展示支柱)、ということになるのかな?。・・・となると、逆に「じゃあ、飛行形態での、なんか、こうもっとカッコイイ"専用の飾り台"は用意されないの?」とか思ってしまう。
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あとはとにかく、キットの完成度をクォリティアップするためには、塗料の種類に留意しながら、丁寧な「塗装」あるのみですよ。
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「毎号塗装済みパーツを提供」とあった謳い文句はなんだったんでしょうね?。
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まぁ、例の「気の抜けた"北斗七星ビーム痕"」クォリティの塗装をされてパーツ提供されるより、未塗装でパーツ提供してくれる方が、ユーザーは助かる。
ユーザーが塗装する方がずっといい。
(ここで、「模型塗装が皆目出来ない、わからない」って人は置き去りにされてしまうわけだが、これくらいの価格のアイテムを本気で買う人は、経験が豊富だろうと、やや心もとなかろうと、そりゃあ、「覚悟の上」だろう。)
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「レクチャー動画」の方では、エアブラシによる。「ウェザリング塗装」の合理的なやり方の手本を見せていた。
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日本の匠が「ファインモールド 1/72スケール ミレニアムファルコン」の塗装で、こういううウェザリングを「フリーハンドの筆塗り」でやってみせていたのとはスタンスが確かに違う。
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紙をあてながら簡易のマスキングで直線のウェザリングですか。合理的だ。大きなスケールサイズならではの技ですね。
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あと合理的なマスキングが、「穴あき製図用テンプレート」を使った「インスタント・マスキング」で円形を塗る方法。
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これはお手軽だ。
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きれいに仕上がる。(ただね。職業柄、「製図用テンプレート定規」というものを色々と持っている人はいいけど、製図やイラストに縁のない人は「テンプレ定規」はなかなか持ってないよ。ちゃんとした製図用のものは、さりげに割と値段の高いものだし。)
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この「テンプレ定規塗装法」は、船体後方の、6基のあの大きな「円形排気ダクト」にも使える。(テンプレート定規、お高いと言ってもピンキリあるが、汎用的なものは1,000円~2,000円くらいのものだ。)
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じつにお手軽だ。(穴あき定規がなければ、マスキングテープを貼って、デザインナイフで円形に切り抜けばいいだけなんだけど。・・・もっとも、直線にマスキングするより、円形にマスキングするのは難しいからこその、テンプレ定規利用のアイデアなんだけれどね。)
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これくらいに塗装できれば、まんま「撮影模型」のクォリティですよねぇ。あと、かなり拡大してこの船体塗装面を見ると、チッピング塗装的というか、ウェザリング塗装のひとつなんでしょうね。船体パネルの褪色ぶりを「点々と散ったサビ」みたいな表現までが見て取れます。(これ、1/72スケール以下の模型では、ここまで拘る必要のなかったところ。)
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それを「塗料の薄墨液(かなり薄い)」を歯ブラシにつけて、親指ではじくように船体につけていきます。何種類かの薄い色を繰り返しはじいて乗せていく。
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これねぇ、個人的には「良し悪し」な効果なんだよなぁ。戦車模型の車体の下部に、土ぼこりや錆の塗装表現はあっていいけど、ミレニアムファルコンでは、内部の機械パイプ構造部や。ごく一部の船体に「きつめのウェザリング」は(限定的に)あっても「らしさ」が出ますが、船体パネルの表面に、まんべんなく要りますかね?。
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するとしても、かなり控えめに、ホントに控えめにして欲しい。Steve Dymszo氏の作例↓で見せてくれたコレは、いささか「やりすぎ感」があって、ミレニアムファルコンらしいと言うより、単に「汚い」かなぁ(笑)。
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仕上げ方の嗜好は人それぞれだけど、「とっても作り甲斐」のあるキットには違いありません。「組み立て」だけではなく、「塗装」もこれまた"醍醐味"です。

少なくとも、本体の「成型色」まではいじる必要はなく(下手に全体塗装すると、先述のとおりパーツがもろくなってしまう怖れがあるから)、「ウェザリングに凝る」、この一点だけなら、なじみのなかった人もチャレンジすべきでしょう。
 
塗装道具として「エアブラシ」は欲しいけれど、ピンキリあると言っても、そこそこ高価。エアーも要るし、手を出せる人、出せない人がいる。(使いこなすスキルも必要になってくるし・・・。)
なら、せめて、タミヤの「ウェザリングマスター」は数百円のものだから、これでちょちょいといじってみよう。(AFVキットでも重宝するツールです。女性の化粧道具の模型版みたいな風情のやつなのだ。)
 
「今回の企画で"スタジオ撮影用模型"が世界中に出回って、希少価値が減る」と嘆くマニアさん。
とんでもない。
キットは商品としてヒットすれば大量生産品にはなるけど、あくまでも「素材」ですよ。
「塗装済みで、スタジオモデルのレプリカを再現」というのが、一部の造形的、そして全体的な"塗装の手抜き"でもって、今般のデアゴスティーニ・ミレニアムファルコンは、結局「未組み立て、未塗装のパーツの分割提供」ということになってしまっているのだから、「あくまでもキット」なんです。
無加工でまんま組み立てておわり、ということではない限り、ひとつとして「おんなじ完成品」にはなりません。
 
みなさん、塗装や、造形的なカスタムでも工夫はされるでしょう。
 
ピンからキリまで色々な1/43スケールのミレニアムファルコンが世界中で出来上がることでしょうね。
 
それらは、ある意味でのワンオフ品にはなりますから、きっと「手練れの達人」が完成させたものは、本家のスタジオ模型さえ凌駕するようなものまで出来上がるのかもしれませんね。

で、こっちは1/43スケールサイズの迫力が、最大の「売り」なんだけれど。
 

お話は変わって、
 

某オークションサイトで、バンダイの1/144スケール「フォースの覚醒」版の、こんな完成品が出品されていました。(もう、オークションは終了している。)
 
これ、つい先日のことなので注目してみていたのだけど。 
 
 
出品画像、お借りしてしまいました。
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あまりにも見事だったので。ご出品画像のほんの一部ですけど。(元のサイトは30枚くらい並んでいた。)
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これ、飾り台座の凝り方が半端ないです。「電飾」ぶりもすごい。
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加えて「出品画像」としての撮影のチカラ、センスも、相当にポテンシャル高い。
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なんにせよ、1/144スケールとは思えない・・・。
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なんと、落札金額が、305,000円 だった。
 
マスターレプリカ社、「スタジオ撮影模型レプリカ(完成品) 1/43スケール」の発売当時の価格に近い。
まぁ、落札者さんがこのアイテムに「恋して」しまったんだろうねぇ。
入札競合者は、どこかの社長さんか、お大尽か、タレント収集家かな?。
 
本体の全長が20cm(センチ)くらいの完成品なんだよ?。 
 
普段は、この1/144スケールのアイテム、もとは定価で5,400円くらいのキットで、そこそこの名人の作った完成品が(塗装だけのもの、ちょっとした電飾がされたものでも)、3万円前後くらいの相場で落札されていたが、今回のは「台座も凝っているし、5万円~7万円くらいの価値はあるかなぁ。」とは私もウォッチだけしていて思っていたが、結果は吃驚だよ。
 
「1/43 デアゴスティーニ・ミレニアムファルコン」で、この1/144スケールをまんまスケールアップした上で、同じクォリティの台座や本体の塗装、電飾が出来たらいくらの価値がつくのかね?。
 
もっとも、「1/144スケール」でここまでやったからこその評価額だったのかもしれない。
でかけりゃいいってものでもなく、コンパクトさに、この「緻密感」
そこに高評価だったのかもね。
 

ともあれ、

・・・まぁ、こういう「カタチあるもののコレクション」ものとか、そもそも「所有すること」、それは生活に密着したもの、趣味ごとや、人生に不可欠なものや「潤い」や「座興程度」のものも含めて、みんなみんな、大切な"思い出"にはなっていくんですよね。
 
カタチとしてあとに残るものも、そうでないものも。
 
ただ、カタチあるものに関しては、生活の基盤の「住宅」や「日用雑貨」まで含めて、この日本といういう自然災害国においては、一気になにもかも奪われてしまうようなことが起こり得る。
 
今回の九州の熊本、阿蘇、大分のことを思ってしまう。
 
そんなことを考えると「ものを持つことが、ふとむなしくなってしまう」なんてこともあるけれど、
それはまた違うかな、と。
 
"その都度、よりよく生きていれば"いいんですよ。"楽しめていたり"、"一所懸命であったり"。

かつての「阪神」の震災で、私もいっぱい"もちもの"壊れたし失ったけれど。(命は助かった。)

そして、ライフラインが断たれた。(「電気、水道、ガス」すべてね。「電気」だけが復旧が早くて助かったけど、水は1ヶ月以上、ガスは2ヶ月以上復旧しなかった。)

思えば、普段の生活で水道水が自由に使えること、毎日でも風呂に入ったり、シャワーを浴びられること、贅沢なことですよね。
店が営業してれば、食べるものも普通にあるし。

ライフラインが止まるような事態が起こらなければ、あたりまえのこれらのこと。 
 
やわらかな寝床がある。
 
お気に入りのもの、雑貨や趣味ごとの品物まで身の回りにある。
 
何かを得られない、枯渇感にさいなまれるよりも、いまあるもの、今まで経験してきたことに「しあわせ」を感じることは、私たちには大切なんだよなぁ。
 

今回の被災地では、天災の予感など何人(なんびと)にもあるハズはなく、上で話題にしている「週刊ミレニアムファルコン」のファン、愛好者も少なくなくいらっしゃったはず・・・。買っていた人もおられるだろう。
そんな一例に限らず、趣味ごとなど吹き飛んでしまって、「今日の飲み水」、「生活水」、「食事」、「毛布」の心配や不安、調達に翻弄される日々となってしまった。

かつて私も経験したけれど、とまったライフラインのせいで、水の調達に(うちの地区には給水車さえ来なかった)、歩いてひと山登れば水の出る地区があったから、そこまでポリぴんを「引き車(キャリングカート)」に乗せて歩いて通ったものですが(これが日中の主な仕事)、食器洗いの水どころか、トイレの水には困りましたよ。体も乾いたタオルで拭くしかない。
 
その水汲みに通っている間にも、戸外でドーン!、グラグラッ、という感じの大きな余震が何度となく来る。
「恐怖」とともに、少しばかりの「怒り」までも"自然"に対してわきあがってくる始末。
そんな日常。
 
あの時、私の持っていた「コレクションアイテム」も「家具・家財」も大量におシャカになりましたが、「残念」と言うより、どうでも良かったなぁ。
震災直後は母親は箪笥の下敷きになったものな。やばかった。
よくぞ救い出して、つい先年、他界するまで、さらに20年以上の元気な寿命があったわけですが。

なんか、自分自身や、自分の家族や身の回りも世間でも色々なことが起きる。
 
こういうブログの記事を書いていて複雑なところです。
 

それでも命を繋いだ者は、コップひとつを新たに持ち直すことから始めて、またやり直していくのです。
 

 
   

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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2016-04-19 10:07 | ブログ | Comments(2)

九州の地震・・・。

九州地方の地震、大変なことになっているなぁ・・・。
 
阪神淡路の震災が、もう20年以上前のことになってしまったが、今でも私は小さな地震でもビクつく。
 
大きな余震が頻繁に続いている九州の被災地では、避難所や車中での暮らし、眠れないでしょうね。

うちの父親の方のルーツは九州の鹿児島なので、私自身の記憶や感覚にはなくても深い縁はある。
関西人の私が修学旅行とかだけでなく、家人と行ったこともある。
鹿児島の空港で「地方巡業の相撲部屋の力士たち(団体さん)」に遭遇したりした。 
 
うちの父親などは頻繁に九州旅行をした。
火山灰のひどい時は、町が本当に白っぽくなるそうな。
 
そうした九州地方の火山の心配は、言わば常日頃のものだったろうが、ここまでの震災被害は想定外だった。
 
被害の全貌もまだよく分からない。
というか、現在進行形だろうし。
 
こういう天変地異に対しては、
言葉が見つからない。
 
  


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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2016-04-18 08:29 | ブログ | Comments(4)

移転作業、悪戦苦闘(汗)・゚・(。>Д<。)・゚・


何か新しくしたわけではないのに(見た目は変わらないのに)、その「見た目の変わらなさ」を維持するために悪戦苦闘。
 
前回に記事にした、ホムペのアドレス移転のせいです。
(サーバ容量が増えるのは有難いけど、まぁ、「プロバイダーの"旧サービス終了"による強制移転」だからなぁ。)
 
副作用が出ました。

「あ・・・」と気がついたら、
アドレスが変わらないから、ニフティさんとは直接関係のない、こちらの「エキサイトブログ」の方は、「なにもいじらなくていい」とタカをくくっていたら、そうではなかったのです。
 
考えてみれば、このブログのバナーひとつから「ホムペ由来」のものでリンクさせているものばかりで・・・。
 
ホムペの各ページのアドレスもみんな変わってしまったわけだから、「移転作業」直後には、まだ表示が生きていたバナー類の画像も、時間差で、1日経ったら全部「×」マークになってしまってリンクが消されていた。
 

まず、「本家ホムペ」に誘導するバナーがリンクごと消えてしまった。

見た目の第一印象で「難儀」したのは、このブログのスキン(背景)も、エキサイトのスキンとして用意されたものをまんま使うのはアレなんで、自分でアレンジしたものを用意してリンクさせていたら、その背景イラストごとふっとんでた。「文字テキスト」しか残ってない。(エキサイトで設定した「ヘルマドンナ」のイラスト1枚だけは生き残っていた。)
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「あわあわ」です。
DVDモニターを楽しむ以外に、PCやネット環境がないと寂しくてやっていけない体質になってきている私ですが、じつはパソコンの扱いに関しては「初心者感覚」のまま、成り行きで仕方なく得た知識以外には、まだ全然素人なところがございまして・・・。
 
特に「しばらくいじらなかったような設定」に関しては、ものの見事に色々と忘れてしまっているんですよねぇ。
 

リンク画像がものの見事に消えてますよ。
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まぁ、ウエブ配信していた会社が「倒産、閉鎖」しちゃったから、今は「not found」でリンク先はないんだけどね。(つまり、バナーとしての意味はない。)

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過去作品のメモリアルとして、ブログの装飾代わりに配しているわけだから、なんにも表示がないと「それはそれで」寂しいんですよ。白いままでは困るんだ。

 
そのあたりを再設定し直すのが、地味に"骨折り"でございました。
 
なんとか復帰出来たように思うのですが・・・。
どうなんだろ?。
 
旧アドレスごと消えたページの代わりに、新アドレスに引っ越している「各画像、サムネイル」のアドレスをもう一度拾ってきて、「さて、リンクとバナーの貼り方はどうするんだったか・・・。」という初歩的なことを思い出しながら・・・。
 

お、「もどった、もどった。」
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コミックスのサムネイルが再びリンクできた。
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やれやれです。
 
 
「装飾がわり」にプログラム入力を設定しなおすだけでも、エネルギーが要る。 
  
結局、パソコンったって、人がプログラムをいじらなきゃならない作業があるのは「アナログ」と同じじゃないですか。 
「音声で命じたり」、「イメージしただけ」でこちらのやりたいことを「なにもかもボケかますようなこともなく」理解してやってくれるようなものではないからね。
 
どこまでいっても、人の手は要るんです。
人の手や思考力、判断を煩わさずに出来ることの方が微々たるものなんです。
そう思えば、
アナログとデジタルは、どちらかに偏向することはないと思うんだ。
共存すればいいし、共存している。
 
その上で、なお、少しばかりの"こだわり"や"好み"の場面はケース・バイ・ケースであったりはするわけだから。
 
たとえば、 

映画でも、「スターウォーズ」や「スタートレック」のメカ類は、フルCGのスペースシップやファイターより、「模型」を"特撮"したものの方が私は好きだし。
でも、その「模型」を躍動的に撮影する技術は、もう大昔のワイヤー吊りではなく"コンピュータ制御のカメラ"、といったデジタルがあればこそなんだよね。
 
怪獣は、当時の技術や予算的都合からも「着ぐるみ」は「着ぐるみの魅力」をもって和製的に発展したものだけど、いまやCGアートで動く「ハリウッド怪獣」の方が、獰猛なしぐさを見せてくれるでしょう。
でも、その獰猛なしぐさや怪獣らしい挙動は、あえて人間の役者が演じる「着ぐるみ的な動き」を取り込んだ方が"画面栄えする"とかね。
「恐竜」の動きも、現実の爬虫類の動作をトレスするだけでは、イメージは爆発しない。
そこに説得力を持たせるのは、ストップモーション・人形アニメ時代の「職人感覚」レイ・ハリーハウゼン(Ray Harryhausen)やその系譜を受け継ぐ「幻想職人」たちのセンスがあればこそ"演技付け"が出来るわけだ。
 
私が「MMD」や「メタセコイア」にいまハマってるからって、それはそれ、これはこれなんです。
目の前に置けて、現物を(モニターの向こう側ではなく、同じ空間で)愛でることの出来る「フィギュア」への愛着は揺るがないものだから。
むしろ、MMDモデルはどれもこれも「フィギュア」にしたくなる。
「フィギュア」があって、MMDモデルがないものは、そっちも作りたくなる。
 
そして、
 
「漫画」や「小説」は「web」由来の発信でもおおいに結構だけれど(まぁ、これからそのトレンド傾向はどんどん増えていくのだろうけど)、ヒットしたなら「書籍にしてよ」って思うのは肝心なところ。
 
「本」はいいものだ。
「書籍」、紙媒体の良さは、再認識してしまう。
 
パソコン好きだから、かえって痛感するのですよ。
「モニターってなぜ、こんなに"目に悪い"のだろうか?」って。
 
まったく"目を疲れさせることのないモニターの発明"って、いつごろ叶うのだろうか。
 

漫画描きをオールパソコンで下書きからやって、仕上げている人。
確実に「目の寿命を縮めますよ。」と。

『色塗り』はね、これは仕方ない。
もうパソコンから、アナログの絵の具には戻れないのよ。
これは分かる。

 
ただ、"つけペン"が苦手なら、ピグマでもなんでも道具はいいから、「紙にナマで描くこと」、そのスキルをあげることはやめてしまわない方がいい。
 
もっとも、"つけペン"ってそんなに難しくもないのよ。
慣れると、興に乗ってくると、あれ楽しいのよ。
  
それに、まぁ、アニメーターさんでもそうだろうけど、今は「下書きをトレスするように、鉛筆書きで仕上げにしたって」いいでしょう。
ペン入れ(スミイレ)したのと同じくらいに、あとからスキャニングやPC上で加工できるんだから。
 
デジタルの利点が「修正が容易」ってのは理解できる。
ナマの消しゴムや、ポスターカラーのホワイト使って"紙原稿の修正"するよりは簡単だからね。
画像のコピペもきわめて楽だし。フィルタで多様な画像の加工も出来る。  
      
スクリーントーン貼りは、PCでやった方がゴミは出ないものね。
 
でも、それは「仕上げ」の多様性を増やす選択肢であって、おおもとは「紙と鉛筆(シャーペンで良い)」なんだよなぁ。
 
うん。
「紙」と「鉛筆」と「つけペン」と「インク」はいつまでも愛したい私です。
 
 
 
 

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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2016-04-15 05:01 | ブログ | Comments(2)

★ホームページのアドレス移転、であります。

 
ブログのアドレスは、今ご覧いただいてるままのアドレスなんですが、
 
「ホームページ」(つまり本家)の方のアドレスが、場所を提供してもらっている「@nifty」さんの都合で、旧アドレス
http://homepage2.nifty.com/PINKNUT/index.html
が閉鎖になっちゃったのだ。(↑ここをクリックしても「ページ移転のお知らせ」になる。)
 
というか、なってしまう。(2016年9月末で、自動的に閉鎖、利用不可)
 
だから、強制終了以前に引越し作業を実施しておいた。(うまく以前のコンテンツ通り移転出来てるかどうか、はなはだ心もとないのですが・・・。閲覧者様から見て、なんか、齟齬があったら御一報願えると助かります。)
 
 
★新アドレス★
http://homepage2.art.coocan.jp/
である。
漫画家「原口清志のホームページ」
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※この扉絵、いい加減更新しないといけませんね。(汗)
 
 
旧アドレスにアクセスすると、自動的に10秒後に、新アドレスにとぶ設定にはなっているが、なんかややこしい。
 
まぁ、アドレス提供サーバの移転は、使用領域の拡充のために行われる。
じつは旧サーバでは"使用領域限界"が古いスペックなので極端に小さかった。
新サーバでは無償提供枠でも、以前のスペースの20倍くらいにUPされたんじゃなかろうか。
無理に課金コースにしなくても、画像がそれなりに"うp"するユトリが出来たわけだ。
 
これは、昨今は「画像」はもちろん、それ以上に「動画」投稿の需要が増えたからであろう。
 
ということで、ブログ更新がぼちぼちという昨今、それにも増して、まるで本体の「ホームページ」の内容が動いていませんが、そのうち積極的に、なんかコンテンツを追加する予定です(笑)。
今後ともよろしく。
 
(ホームページ・ソフト自体を新しくしないといけないんだけどなぁ。・・・でも、「慣れ」っていうのも大切なファクターでね。) 
 
 
さて、
 
ちなみに冬季のテレビアニメはわけが分からないうちに終わってしまった。(ぜんぜん見てなかった・・・。)
 
で、4月から春季アニメがスタートしているが、こっちも事前情報など何も入手していないし、もうHDDを増やす気もないのでチェックしてなかったから、『出会いがしら』に『たまたま見た』という偶然でしか、新作と出会うチャンスがない私なんですが・・・。
(テレビモニターの配信機能にある「テレビ番組表」なんかも、まず見ないから・・・。年に数回見ることがあるかないかくらいだ。)
 
※そんなだから、放映から1年~数年置いてから人伝の評判から後追いチェックで(この場合、「レンタル」とか「ニコニコチャンネル」とかの有料になってしまうが(笑)。)、「シュタインズ・ゲート、お、面白い。」とか「ソードアート・オンライン、1期でグッと来て、2期では泣いた。」、「ガールズ&パンツァーは、いいものだ。」とかの遅れた感想になる。
結局、いいものは毎年、なにかしら輩出されているものだ。
そもそも流行から遅れて鑑賞することに"何も問題ない"とは思っているのだけれど。
(※世間の話題からは取り残されがちになりますな。「涼宮ハルヒの憂鬱~第2期、全28話」放送時に、ほぼリアルタイムに感想書いていた頃が懐かしい・・・。「エンドレスエイト」が2ヶ月間続いた時は嘆きまくっていた当ブログでしたね。)
 
だから、また新しくスタートするアニメもさらさら分かっていない。
 
ただ、偶然に、その滅多にない"今日の番組表"を(他の用事のついでに)見たりした経緯で、「1話目は1時間スペシャル」というのだけが気になって見たアニメがある。
 
「Re:ゼロから始める異世界生活」だ。
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略して、「リゼロ」とファン間では呼称するらしい。
 
ホント、出会いがしらだった。
 
ヒロインたちの絵柄が好みだった。
 
ことにメインヒロインのこの娘。この表情(まる目)以上に"やや切れ長目"の鋭い目つきがデフォなのが好みだったりした。
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そして、お話が(微・ネタばれしますが)"タイムリープ"ものだった。
 
「シュタゲ」で、こういう話の"演出は難しいぞ"。でもハマると"かなり面白くなる"という経験則があるので、「リゼロ」の継続視聴が決定した。
 
この作品が祝福されるべきなのは、最近増えてきているケースだけど、WEB小説(投稿作品)からのスタートだということ。(才能と幸運があれば、誰にでも"世間に認知され、成功する"チャンスはあるのだ。と言うね。・・・継続のチカラはすごいね。とは言っても、やっぱ、才能あってこそだけど。)
 
 
あと、いかにも「大作」っぽいアニメタイトルのものもあるが、見もらした"良作"は、また回りまわってでも後日、後年に見る機会はあるだろう。
 
季節ごとに"ひとつでも見たいアニメ作品"があれば儲けものくらいに思っている私。
ひとつあったから、今春は良い季節だ♪。
   
  

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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2016-04-13 21:57 | ブログ | Comments(13)

3Dモデリングソフトウェア「Metasequoia(メタセコイア)」


ご無沙汰しています(笑)。
 
3月は、ブログ更新1日だけでしたねぇ、そう言えば。
その間にすっかり「冬」は去り、もう桜の季節も(雨模様や風のせいで)良い時期がほんの少しだけでした。
 
これからは、いい陽気になっていくばかりですね。
(でも、寒い季節の感覚が抜け切らずに、外出時の服装が難しいのなんの・・・。)
 
なんか、もう「4月」~春なんだという気分もいまひとつな感じで。
 
さて、
 
創刊時のセンセーショナルな熱気で、拙ブログでも話題の続いた、デアゴスティーニ「週刊ミレニアムファルコン」や「サンダーバード2号&救出メカ」に関しても、なにやら熱気がおさまり、創刊~数号の間に飛びついた人たちも、ちらほら早々の脱落者が出る時期です(笑)。
(※定期購読した人たちはガチなんでしょうが、それでもホントの完走率ってどのくらいなんでしょうね?。)
 
ミレニアムファルコンは大好きだから、またきっと話題にすることあるかもしれませんが、
3月に、ブログがほとんど更新する機会もなかった私の理由は、じつはとある「ソフトウェア」にどっぷり浸かっていたからでした。
 
それは「Metasequoia(メタセコイア)」です。
 
「分からない~、分からない~(汗)。」と唸りながら時間が無為に過ぎるのが早いこと。
 
この"3Dモデリングソフトウェア"は、そちら方面に興味のある人には、割と広く認知されているソフトであり、まぁ、いわばもっと本格的な"3Dモデリングソフト"(プロユース)に比べれば破格値のツールです。
 
私は現状、まだ学習の入り口にも立っているかいないかくらいで、何の成果も上がってないので、あまり具体的なことはここでは明記しませんけどね。
まぁ、「メタセコ」に挑戦している理由の大半は、 『MikuMikuDance』(みくみくだんす)で動かすモデルを『あわよくば、自作したい』とか、もしくは『既存モデルのカスタマイズ』や『オプションを(自分なりの好みで)追加したい』、くらいの望みがあって取り組んでいるわけなのです。
 
つまり、「水着Ver.」や「私服Ver.」の無い既存モデルに、着せ替えをさせたい、というような、とてもシンプルで単純な動機。
 
これ、数年前にも最初にチャレンジしかけて、結局「さっぱり分からん!」と投げ出した経緯があります。

当時、直方体を基点にした一からの自作も試みたり、既出モデルをベースに「改造」もそこそこやりかけたけど・・・。
「UV展開図」辺りで挫折してましたね。

なんというか「3Dモデル」というものの難易度の高いこと・・・。
 
と言うのも、「メタセコ」、「MMD」関連の指南図書はけっこうそれなりには発刊もされているんですが、"猿でも分かる"というスタンスの「やさしい参考書」がないのです。
初心者が犯しやすい「失敗」をフォローするような解説書が無い。
 
そういうのは、ネットで散見される一般投稿者の「製作記事」を参考にするほうが、まだ解決の糸口がある感じです。
 
もっとも、『MMDモデル』のカスタマイズくらいは、『PMD(もしくはPMX)エディタ』というツールがあって、キャラクターの着せ替え程度なら、それなりにお手軽に出来ます。(「PMDエディタ」も奥の深いツールなので、不馴れな者には敷居の高いソフトなのですが。)
ただ、モデル自体の3D構造をいじらないと構成し直せないような規模のアレンジとか、クォリティの問題になってくると、「メタセコイア」の出番になります。
 
「メタセコイア」は、3Dモデリングソフトウェア。
 
ハリウッド映画の3Dモデルは次元が違いすぎて理解の外なのですが、ああいう映画の凄さは、「MMDモデル」をいじったり調整していると、「とんでもないことをやってやがる」ということか逆に理解できます。
 
でも、「MMDモデル」の世界も、そのデザインやキャラクターの作りこみは、マニアのみなさんの「愛」と「情熱」により、日進月歩の進化ぶりです。
(3Dモデルアートのプロやセミプロもおおいに関わっているようだし。)
 
それこそ、ノートパソコンでも動かせる程度の"情報量"の範囲で、とても魅力的なキャラクターがどんどん作られています。
(ここがミソ。データが重過ぎて、家庭用PCで動かせないようなレベルの作りこみをしても困るわけです。) 
 

それでも、ミクやルカのヘアスタイルやコスチュームをアレンジした、↓ のようなモデル。
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静止画で見ても、「イラスト的に通用するレベル」のクォリティがありますよね。
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まんまイラスト・クォリティ的という意味では、Tda式ミクはその最右翼かなぁ。↑

 
無償でフリーソフトとして提供されている「MMD」本体に習って、ユーザーの作った「MMDモデル」たちも、基本だれでもDL出来る形で公開されています。
(モデルによっては制限があったり、DL pass が極めて難解なものもあります。)
ボーカロイド・初音ミクから始まった「3Dモデル」群は、いまやミクだけでも何百体のヴァリエーションが出ているのか把握しきれないほどです。
 
二次創作の許容がおおらかな「東方Project」関連のキャラクターや、著作権もとで「黙認されている」感じでMMDモデル化されているキャラクターがたくさん。
公認のものもあるし、イエローカードっぽいものまで混在しています。
  
基本は公式、公認されたものでない限り、ファンユースの範疇内で楽しむものであります。
たまに商業的なコラボをしているケースは煩雑な契約書をパブリックにクリアしているハズ。
でも、そうした表舞台のものを支えているのが、ファンユースなコンテンツが存在しているからこそであり、この辺は"持ちつ持たれつ"であり、「ファンユースなものを生かして、活力を得てこそ」皆がしあわせになれるのです。

とても愛らしい、ままま式あぴミク。

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この、モデリング・センスや表現力は、日本のコミックやアニメの二次元キャラクター、そのデザインセンスと同種の方向での、まんまの3D化であって、とてもキュートだ。

こうしたキャラクターの「表情モーフ」とかも、国産アニメや漫画の流儀が生かされていて、じつになじみやすい豊潤なものとなっている。
 
その豊潤さのひとつの指標は、真逆な指摘かもしれないが、「国産アニメ的、漫画的」な描写ゆえに『余白がある表現・表情』となっているからかえって"豊か"に感
じるのだ。
 
それは、どういうことかと言うと。
人は、私たちには"行間を読み取る能力"というものがある。
 
たとえば、小説などの活字媒体で「すごい美女」、あるいは「驚くほど透明感のある美青年」とキャラクターの描写をすれば、その言葉のままのキャラクターが、読者の頭の中で(想像力によって)、ふさわしい人物像が再現されることになる。
想像力で補完される"キャラクター像"は読者が、その感性で、作品に参加することにもなる。
皆のそれぞれのイメージの中に(読み手の感受性や嗜好による数だけ)そのドラマの場面に合った「美女」と「美青年」が構築されるのだ。
 
が、イラストや漫画で、挿絵的にその「美女ぶり」、「美青年ぶり」を表現すると、ここに絵師のフィルターがかかることになる。
読者のイメージをフォローすることもあるが、乖離してしまうこともある。
 
それでも、だ。
 
「イラスト的な絵」や「アニメ」、「漫画」の表現には"まだ行間を読ませる余地"が内在しているのである。
少なくとも、リアルの映像や舞台で「現実の俳優、女優、タレント」がコスプレしてキャラクターを演じようとするよりも、はるかに"自由度や余白"が残っていると言える。
写実的に凝り固まったものであるよりも、より記号的な「絵やイラストやアニメ的な方向」のものほど、読者、視聴者に、「作品世界に参加させる想像力」を喚起するだけの"余白力"を持っているのだと言える。
 
「かわいい」や「カッコイイ」の水先案内人になれる「絵師」は見事だが、彼らの仕事は、読者、視聴者の手を引く役目を果たしているに過ぎない。
結局は読者や視聴者が「情報」を受け取って、作品世界をその心の中に再構築することが肝心なのである。
 
私たちが「映像作品」や「物語」が好きなのは、結局は自分たちもその作品世界に参加しているから、楽しくなれるのである。
 
「想像力」や「感性」のない人にはクリエイターの仕事(誘い)はなんの意味もなさない。
でも、「想像力」「感性」がゼロの人っていうのは、まぁ、いない。
"想像力のとても乏しい人"、"感受性の豊かな人"、"独特のフィルターのかかっている人"、"歪曲したレンズの持ち主になってしまっている人"とかとか、それは百人百態であります。
皆が同じ方向をきっちり向いているわけではないから。
 
色々な感想が生まれるわけである。
 

「メタセコ」で"ままま式あぴミク"のモデル構造を(頂点、辺、面で)読み込むと作りこみにいっそう感心する。

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今、私は「お気に入りモデル」の解析や、トレースをしながら「3Dモデル」を学習している最中なのだが、自分なりにカスタマイズしたものには、またその分の「頂点~面、辺」を"関連するボーンにウエイトを塗る"作業をしなければならない。(そうしないと、カスタマイズした部分だけ置き去りにされて「MMD」で"まともに"動いてくれないのだ。)しかし、この「ウエイトを塗る作業」というのが、ほとほと涙目になるくらい難儀なのである。はっきり言って閉口している。(ツール用語が増えて恐縮だが、あえて解説はスルーで。説明しているとただでさえ読みにくい記事に拍車をかけるだけだから。)
 
完成しているMMDモデラー様たちの作った既存のモデルデータって、よくあれだけ「破綻無く、上手く動かせるように調整しているなぁ。」と自分でもやってみたからこそ舌を巻いている。自分がやると「不自然な動きをするモデルになってしまって」どうにも上手く調整しきれないのだ。
今回のことに限らず、何か「学習ごと」をやっているときは、隣にベテランの先人がいて、聞けばなんでも教えてくれる環境が欲しい、とつくづく思ってしまう。

ネット検索の独学では、頭をかかえこんだまま無為に何時間も過ぎるなんてことは、この手の学習ごとではつきものだ。
成果が得られれば、どんなに時間がかかっても「良し」なのだが、「結局ふりだしのまま成果なし」なんてことも多い。
 
でもしかし、数年前に挫折した時よりも、少し今回は楽しくなっている。
 
あれこれやっても、「メタセコ」に関しては、また後日に拙ブログで報告出来るような成果は得られないままになっちゃうかもしれないが、PMD(PMX)エディタをちょっぴり覚えただけでも「良し」としている。
 
で、先ほどの「余白を読ませる記号的表現の利点」に話を戻すと。
 
「ダンスモーション」流し込みで「MMD」でモデルデータを躍らせると、アニメ的・コミック的デザインの「MMDモデル」はじつにハマるのだが、「MMDモデル」にもかなり「写実的な描写のモデル」もあるにはあって、こちらが同じダンスを躍らせても、まさに「アンドロイドやマネキン」が動いているような感じで、ぶっちゃけると写実的なものは行間を読ませるユトリがない感じで「不気味」なのだ。
リアルなモデルは、生身の人間の表情に似せるほど、挙動や息づかい、瞬きや、眉や口元の動きまでも、ちゃんと細やかに表現しつくしてやらないと、"動きも表情"も死んでいるというか、不自然さしか印象に残らない。
アニメチックなキャラが、視聴者に表現力的な行間の補完を任せて、生き生きと動いているように見せてくれるのと明らかに違うのである。
"限りなくリアルで写実的な3Dモデル"を、究極まで自然に動かすプログラム調整をしていると・・・、「だったら、実写でいいじゃん!」となってしまう。それに、そこにはもう視聴者が想像的参加をする余地はない。
 
何万語の活字より、一枚の「絵」や、一ページ分の「漫画」の表現力が勝ることもあるが、「漫画や絵」より「活字」の描写力や文章の表現力がはるかに優位なことがある。
それは読み手の想像力を喚起するような描写が、文章なればこそ出来ることがあるからだ。
 
どんなに「映像」が凄い領域に到達しても、文章・書物が廃(すた)れることもない。
それと同様に、実写の映画や映像の圧倒的なパワーやトリックも凄いには凄いが、「漫画絵」や「記号的な表現力」が"想像力の喚起のキー"として機能して"すばらしい"こともままある。
 
「デフォルメ」(仏: déformer、動詞)する。
ということは、とても"魅力的"なことであり、クリエイティブなことなのだ。
 
「MMD(みくみくだんす)」の世界は、個人で「アニメ的ストーリー」を作れたり、「PV(promotion video)」が作れるというのも素敵なのだが、記号的な表現の中に"写実的なものが垣間見えたり"、"説得力のある描写"があったりするので、侮れないのである。(侮れないどころか、「お見事」であったりする。)

 
今般は私も「メタセコ」の「UV展開図」で、後のテクスチャ貼りのための準備として、分離したモデル展開図の「縫合」などもおぼえた。 
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「材質の置き換え」は全選択で、一括で変更も出来るが、何がネックになってるのかよく分からないで、1枚ずつ三角ワイヤーで材質を張り替えたりする地道なこともやっている。すると、いつミスしたのか分からなかったような重複張りや不要な面の消し残しに気づいたりすることもある。
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ホント、ぬるぬるとスムーズに動いている既存モデル~名人モデラーの作った「MMDモデル」には敬意の念を抱くばかりである。
 
「メタセコイア」の作業は、マウスの左クリックと右クリックの際限なき繰り返しなので、普段、CGイラスト描きや、単純にパソコン操作でもペンタブ作業に慣れている私には"腱鞘炎"の引き金になりかねない辛さがある。
マウスの操作は、マジ嫌いだわ~(汗)。
 
「メタセコ」の単純作業の繰り返しで眼精疲労や、マウス操作に閉口して来たら、休憩する。
 
お気に入りの「MMDモデル」に、好きなダンスモーションを流し込んで、「MMD」で曲をかけて躍らせて眺める。
 
自分でカスタマイズしたモデルがこんな風に踊ってくれたら楽しいだろうなぁ~、とか思いながらね。
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"合法ロリ"重音テトさん31歳(笑)。みごとな「ちっぱいキャラ」である。
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このテト・モデルはことに愛らしい♪。
 
 
うん。
 
エフェクトなんかで、肌の質感シェーダーなんかもお手軽なものが配布されているので、これがね、やっていると面白いのよ。
シェーダーのかけ方でもっとリアルな陰影の質感にも出来るので、感覚的には"歌って踊れる美少女フィギュア"を愛でている感じかな。
 
となると、MMDの3Dモデル作りは、PC上での、「造型師」作業の感覚にもなるかな。
しかも固定ポーズじゃなく、figmaの可動モデルさえも凌駕して、パソコンの演算能力で『歌って踊ってくれる』と言うね。
"根気やシナリオセンス"があるなら、ドラマと言うか、ストーリーもののアニメだって作れます。
 
(ま、私はそれをするなら、「漫画で描く方が早いし」と思って、やろうとは思いませんが。「絵や漫画は描けないけど、物語やショートコントを作る発想力はある」という人が、自分のイメージを作品化したいときに、小説を書くのではなく、映像化する方に強いベクトルが働けば、このMMDモデルとツールは「良い道具」になりますね。「紙芝居」仕立てならアニメより敷居は下がるし。・・・ああ、それでも「まんまのMMDモデル」を使うと、借り物なのだから、二次、三次創作にはなっちゃうね。「パロディ」である前提で構わなければ、ツールとして重宝するかもです。私自身はニコニコ動画の「MMDドラマ」ってけっこう楽しんでいます。唸らせられる作品もあります。)
 
数年前に「PMD〔PMX〕エディタ」や「メタセコイア」を投げ出した時より、「薄皮程度の差でしかない」にせよ、私も少し今、あの時よりソフトの扱い方が分かりだしてきている。
すると、「もう少し。あともう少しなんとかなるのでは。」という期待と欲が出てきて、「3月はどっぷりの一ヶ月間」だったのです。
 
ちなみに、
 
私は今、旧ヴァージョンの「メタセコ」を使っていますが、OSが「win10」になれば動作保証がなく、最新版の4.0~4.5は動作保証されているので、「メタセコもアップグレードするしかないのかなぁ。」という時期です。
 
こればっかりはね。
 
アトビのCGソフト「フォトショップ」でさえ、私は「インターフェイス的に慣れているがゆえに旧Ver.の方が使いやすくて、いまだにCS〔クリエイティブ・スイーツ〕版も持っているのに、つい旧Ver.を使い続けている。」という奴ですから、ホント、OSの世代交代ってのはいくらセキュリティが上がろうとも、それで使えなくなるツールが増えて置き去りにされていくデメリットの方が痛手なんですよ。
 
マイクロソフトさん、かんべんしてください。
(オンラインで取引している某Webツールでさえ、「動作保証がまだ未確認だから、win10のアップグレードはしないでください。(した場合の保証は出来ない)」と広報しているところさえあるのに・・・。マイクロソフトの責任か、ドライバー対応が立ち遅れている企業サイドが悪いのか・・・)単純にユーザーいじめですよ。
 
無償アップグレードが今年の7月までだから・・・。まもなくなんだよなぁ。
 
「7」や「8.1」からアップグレードした人、前より快適ですか?。
 
旧Ver.のソフトが使えなくなるとか、本当にご勘弁願います。 
「旧フォトショップ」や「MMD」や「メタセコ」、そして「メール・ツール」関連が使えなくなったら冗談や洒落では済まないからねぇ。
  
 
  

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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2016-04-10 05:23 | パソコン | Comments(4)