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エルフェンリート~elfen lied~「コミックス」

私のブログ記事としては異例中の異例。
自著以外のコミックスの紹介。
 
エルフェンリート~elfen lied~「コミックス」
 
知っている人には、もう説明の必要はない。
私はアニメから「エルフェンリート」という作品を知ったので、コミックスはごく最近の読了となる。
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私は、そう積極的には他の漫画家先生のコミックスを漁り買う方ではない。
(今は、そうだが、以前は違った。投稿家時代やデビュー前の「漫画漁り」は凄かった。ほぼ全てのお小遣いを漫画を買うことに費やしていた。ある意味の猛勉強時代。) 
 
今頃においては、心底気に入った作家さんの絵やストーリー。
そういうものは、むしろ私という描き手を(インスピレーションや技術的な意味で)構築するファクターとして、世間的には「内緒」にしておきたいのである。
 
こういう風に紹介するのは、だから異例なことなのだ。
(アニメの評論は、いちファンとして勝手気ままにやらせて貰っているが、それはメディアの違いのせいでクッションがあるからである。アニメと漫画は実は違う。そもそも漫画家が漫画家同業者の作品を評するのは、よほどの賛辞一辺倒でない限りは、失礼な感じがして気が引けるから基本姿勢はコミックス評論はしないのだ。何様でもないので、同業者を評論出来る立場ではないのだ。)
 
また、真に「お手本」や「目指すところ」として、私の書棚に置いている他作家先生の作品群に関しては、多分、今後もあまり紹介することはないと思う。
「これは、私の教科書的名作。むしろ、他の誰も見ちゃダメ。」という矛盾した愛着と敬意をはらうからである。
そこまで気に入る作品は、まぁ、今回の「エルフェンリート」のように世間的にも認知されているし、メガヒットしているから内緒にする意味はないのだが・・・(笑)。
稀に世間の認知度が不当評価的に低くすぎて、「私だけが気が付いている魅力。その愉悦感。」というような作品もある。(が、そういうものは、「世間は分かっていない。もっとちゃんと認識しろよ!」とかえって紹介もしたくなる・・・。)
 
さて、アニメ『エルフェンリート』が、独特で素晴らしいクォリティだったので、感銘を受けたのだが(ひどくショックな内容でもあったが)、その時点で原作は知らなかった。
 
知人が、原作の方もあまりにも推奨するので、私としては珍しいことだが、本当に原作本を(今さらながらに)購読してみたわけだ。
 
原作を読んでみて、アニメ版の『凄さ』も改めて認識出来た。
特にストーリー導入部の「惨劇」の演出は、アニメ版が凄すぎて音楽の荘厳さなど、つまりは動画プラス音楽のある世界ならではの展開に陶酔する。
ヒロイン、ルーシーを代表とするディクロニウス(ジルペリット)達の演技付けなども、明らかに全12巻のコミックスのうち、終盤のジルペリットの行動に原作者自身がアニメからインスパイアされたシチュエーションがフィードバックされていると思われる描写がある。(獲物を見据えながらジルペリットが膝小僧を抱き込むように座るシーンなどがそれ。)

こうしたことはアニメ版が、原作の完結前に製作放映され、アニメ版オリジナルの「まとめ方」を先にしてしまったことから生じた出来事だが。

原作コミックスのキャラクター描写に関しては意図的に紹介は避けておく。(たしかに、キャラクター画風のアクが強いと言えば強い。コミックス「エルフェンリート」の中に、もっと初期の短編が収録されていたりするが、とてもとてもアクが強い・・・)
 
版権絡みのこともあるが、ごく遠慮がちに2点くらいの画面紹介は赦してください、ということで・・・。
こうした、効果(画面エフェクト)的な描写の気合いの入り方に注目しておきたい。・・・

もう、何が描かれているのか分からないほど凄い見開きページ。
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ベクター(見えない腕)が嵐のように可視出来ている(としか思えない)圧倒的なシーン。

そうして、アニメ版が辿り着けなかった、原作本来の終焉はあまりにも痛々しく詩的でさえある。
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さらにその先にあるエンディングは、読者に想像の"のりしろ"を与える描ききらない演出で幕となる。

それにしても、各巻の巻末に「あとがき」挿入される作者、岡本倫先生のコメントは、驚くほど謙虚で妙な感銘を受ける。(「あとがき」のある巻と無い巻とがあります。)

普通、作家というのは「俺様」的なテンション(不遜さ)がないとやっていけないでしょう、と、私なんかは思っていたし、自己愛を肥大させながら仕事をしている人が多い。
皆、控えるよりもそういう風に背伸びをしなけりゃ戦えないのだ。
しかし、岡本氏はそうした業界にありがちなプロ的嗜好のルーチンからは佇まいを異にする言動で、不思議な感動がある。
『相変わらず不細工な漫画ですが』、『(アニメ版を評して)漫画と違って、とっても絵がきれいです』、etc・・・
 
岡本倫先生の自著に対するこの姿勢は、ある意味凄い。そして深い。
ファンになった人なら氏のそんなモノローグをきっぱりと否定出来る。
 
ましてや、自分の作品を評して最後の方で、ついには『とてもしあわせな作品になりました。』と言える氏の心境は、もの描きのはしくれとして、羨望して羨望してやまない一言だ。
誰だってそんな作品を描きたい。そんな作品を持ちたい。
 
私には生涯、口にすることが出来ない至宝の一言だ。
 
ざっくばらんな事を書かせていただければ、アニメ作品のテンションで、この原作コミックスは読むべき作品ではないように思う。
アニメ版とは設定の違いも多々あり。
 
原作コミックには、「なんで、そこで笑わせる」とか「とーとつにエロチック」みたいな、H(エッチ)シークェンスがあちこちに挿入されるが、これは読者サービスというより、作者の自然な発露だろう。
テーマ性の重さゆえに、ちょいとしたユーモア、そして肌と肌を重ねたぬくもりや性的な恍惚感は、肉の痛みや傷付く精神の隣り合わせにあるものだから、人の営みの儚さや崇高さ、猥雑性や羞恥、官能とないまぜになって、なんだか全てが愛惜しくうつるのである。(作劇的にもそれは「緊張と緩和」の理にも適っている。)
 
エルフェンリート~elfen lied~「コミックス」、そしてアニメ版は、どちらもテーマを揺るぎなく捉えている。
共に名作だ。
 
PS
以前、このブログに書き込みをしてくれた、とある人のハンドルネーム、
『結婚指輪にしたいなぁ』さんの、ネーミングの由来が、原作「エルフェンリート」を読んで、ようやく理解出来ました(笑)。
・・・(涙)。
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2008-06-29 19:21 | 漫画 | Comments(14)

しにがみのバラッド

アニメ『しにがみのバラッド』を見たのは少し以前のはなし。
 
当初はタイトルの印象から(例によって予備知識がなかったので)、なにか陰鬱な要素とかがあって重いはなしなら見たくないなぁ。・・・と、知人に紹介されたときにはすぐには見なかった。
 
ちょっと、こちらのテンションが「何見ても平気。刺激的なモノも大丈夫。」という気分になったときに、ようやく見た記憶がある。
 
見てみたら、これが予想に反して、なんともリリカルでメランコリック、そしてセンチメンタルな愛おしい内容だった。

でも哀しい要素はある。「しにがみ」の話なので「死」がテーマのひとつだからだ。
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「しにがみ」の女の子、モモ(ライセンスを持っていて提示する)。
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「死」について語ることは「生きる」ことが真のテーマになっている。
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ハラハラさせる描写はあるが・・・
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でも、この作品には過剰にエキセントリックなシーンはない。
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白い服、赤い靴を履いた「しにがみ」の女の子モモも出しゃばらない。
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自殺というか(事故というか)死んじゃって?から後悔するする女子高生。

しにがみモモは、寡黙キャラの範疇だし、いささか消極的なお節介屋さんではあるが、ものがたりの強引な牽引役ではない。ドラマは各話の登場人物達のストーリーである。モモは介添人にすぎない。
アニメ版のエピソードは全6話というショート・シリーズ。
6話のエピソードがあり、毎回、エピソードによって登場するキャラが変わる。一話完結の構成。

モモは「しにがみ」というより、人の魂に寄り添う天使のような優しさがある。(「天使というのは、体(てい)の良い死神のこと」というフレーズは、私が8年前の自分の漫画~『シスターヴァイス』でとあるキャラクターに語らせたセリフだ。なんだか、それを逆パターンにして具現化してくれたようなキャラでいい雰囲気。)
 
つまり、しにがみモモはMC的な役所といった感じ。そして『泣き虫』なんである。
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自然体で「生」や「死」について語られて、後味が良いシリーズだ。
(強いて言えば、6話だけでは物足りない。)
 
ライトノベルが原作だそうで、原作はもっとシリーズ展開しているそうだから、アニメも同じスタッフで続編を期待です。
(その場合、スタッフ・レベルは下げちゃいけません。・・・というか、そういうのは景気不景気や予算の都合で、その時のスタッフの力量の反映ではなくて、企画運営の政治的な問題で抗えない所があるんだろうなぁ。・・・前回にレビューした「GUNSLINGER GIRL 2」とかの例ね。この時のスタッフも、予算とかスケジュールとか、潤沢なゆとりがあればもっと力量発揮出来たのかもしれないね。舞台裏の事は分からないけれど・・・。)
 
しにがみのバラッド~OP
   
 
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2008-06-28 01:26 | アニメ | Comments(0)

GUNSLINGER GIRL 2

GUNSLINGER GIRL 2~アニメ『ガンスリンガー・ガール』第二期を見た。
 
『ガンスリンガー・ガール』第一期とは、スタッフ陣容、声優などが総入れ替えになっていた。
別物の作品である。視聴者の中にはひょっとしたら第二期目の絵柄に好感を持つ人もいるのかな?、とは思うが、誰が見ても第一期のクォリティからは「動画力」において格段に次元が低くなっているのは隠しようがない。
(そもそも原作の絵柄を意図的に変えているのは、原作者はどんな気持で見ているのだろうか。クレジットに原作者が「監修」として入っているが、揉めなかったのかな?。)
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こういう静止画で見比べる以上に動きの粗や、演出力の低下、レイアウトの拙さが動画では顕著に写る。
だけど、ストーリーやキャラクターの配置には惹かれるものがあるので、見だしたら止めるわけにはいかないのです。
全13話を見届けました。

第二期のトリエラ
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下は第一期のトリエラ
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第二期のヘンリエッタ(~アップで見ると可愛い。でも第一期とは別人)
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第一期のヘンリエッタ(絵柄の好みは人それぞれだろうが、上の絵とは別人)
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やはり第一期のクォリティが凄かったということばかりが印象に残ります。(第一期の演技付けや、動画レベルが見事なのだ。・・・知人が評していたけれど、第一期の少女達は、その演技に「透明感」があったのに、第二期の演技は皆、やけに俗っぽいのです。・・・これは男性陣も同様に深みが無くなってしまっている。)
 
主役の軸が移り変わるのも不思議な感触だ。これに関しては、原作がそうらしいから、そういう描写になるのだけど・・・。

その第二期の主役に据えられたトリエラ(殺し屋の少女たちの中では割とお姉さん各で、情動が第一期の時から普通の女の子っぽい)とピノッキオ(一応、仇役?の少年、ということになるのかな。・・・このストーリー、そもそも善悪で論じる枠はない作品なのだが。)が、主役というほどには機能していなかったのが残念です。
これはアニメのシナリオライターと演出家の責任かな。
 
第一期のメインだったヘンリエッタ、・・・脇役になってしまって活躍しない。
リコ、残酷な軽薄さが際だってしまった。そういう演出は難しいのだ。「絵」でつける表情とかもだ。
クラエス、眼鏡の女の子。
第一期と演出的に差が少なかったのがこの子くらいかな。もともと「静」のキャラだし。
アンジェリカも少し軽薄に・・・。
 
絵柄で今風に合わせて「明るめ」なキャラデザインをしたのが、そのまま全て演出的にも裏目に働いた感じです。
・・・なぜ、第一期のアニメ・スタッフが、そのまま第二期も製作しなかったのだろうか。
あくまでも私見ですが。 
(別に私はアニメ第一期の絵柄に惚れ込んでいるわけではないのです。原作コミックの「絵」がもっと独特な雰囲気だから・・・。でも、第二期に比べたらステージが違う・・・。第一期は気合いが入っている。)
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第一期のヘンリエッタ、少女(幼女っぽくさえある)にして、「女」さえ演じていた。
 
基本、視聴したアニメの感想を書く場合、私は褒めることからはじめる。
それがしにくい作品は、そもそもレビューしない。 
第一期に触れたから、第二期も触れておかないわけにはいかなった。
 
第二期にも好感を持っておられる人が、この感想を読まれたら憤慨されるだろうが赦していただきたい。
だって、トリエラとピノッキオのキャラ立てや設定、テロリスト・グループのフランカ(=カトリーナ、女性)、フランコ(男性)というキャラクターの置き方、第二期には第二期の「とんでもなく暗鬱なテーマ」があって、これは真正面から丁寧に描写すれば、凄い作品になったろうに。
なんか、消化出来ていないのが惜しくて惜しくて・・・。
 
見終わって、ストレスだけがたまりました(笑)。
 
音楽は良かった。
・・・音楽絡みで、第8話。
クラエスが主役の回。
この話数だけ「フイうち」をくらって印象的だった。
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名曲『スカボローフェア』が大胆にフィーチャーされていて、それがそのままこの回だけのエンディング・テーマになっていたのは心が動いた。スカボローフェアは我々の世代にはサイモンとガーファンクルの『スカボローフェア~詠唱』が馴染み深い。
 
『パセリ, セージ, ローズマリー, タイム』という歌詞の一部は、往年の少女漫画に詳しい私としては、大島弓子さんの(25年くらい前の)漫画に、「麻薬のことなんですよ。・・・あんなに綺麗なメロディで、恋の歌なのに、私、そのことが妙に心にとまって」みたいな意味のことをヒロインが語っていたのが印象深い。
 
アニメの中ではハーブ(まぁ、薬草やスパイスの意味でしょう)と解釈されているし、アイルランド民謡とエンディング・クレジットで紹介されているが、やはり、この話数を見たときは声優さんの女声による「スカボローフェア」も美しかったが、サイモンとガーファンクル『スカボローフェア~詠唱』が、ず~っと頭の中でリフレインし続けた。
 
GUNSLINGER GIRL -IL TEATRINO- ED 『Scarborough Fair』
 
・・・で、この第8話のセンスを見て、「これは、このアニメ、これから化けて、凄いラストシーンの感動に出会えるかも・・・」とテンションを上げたから、少し私は今、愚痴っぽくなっているのです。

スカボローフェア(訳詞付) - Celtic Woman

リターンマッチで第三期があるかもしれない。
第二期からアニメ『ガンスリンガー・ガール』を見て楽しめた人は(原作も知らず、アニメ単独作品として見た場合を仮定したら、第二期の作画レベルも動画レベルも頑張っているし悪くはないのだ。ただ、比較しないわけにはいかない前作があるがために悲運な評価をされてしまうのです。)、ぜひ、第一期をご覧になることをお薦めします。
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2008-06-27 07:37 | アニメ | Comments(2)

GUNSLINGER GIRL

GUNSLINGER GIRL~アニメ『ガンスリンガー・ガール』(略称「ガンスリ」というらしい)は、予備知識がないまま見ると(まぁ、多少知っていて見ても)、けっこうショッキングなアニメだ。
 
こういうガンアクションと美少女を、アニメで結びつけた作品は『NOIR(ノワール)』が画期的だったと思っていた私には(同じ真下監督の「美少女ガンアクション3部作」の中においてさえ、「NOIR」を最初にして最高峰だと思ってますが)、こういうアプローチの作品で、『NOIR(ノワール)』に比肩する作品の出しようがあるのかな?(ストーリー、作画や動画レベル、そして演出的に)、という気分でしたが、アニメ『ガンスリンガー・ガール』を比較的最近に見て驚いた。(アニメ「ガンスリ」は2003年度の作品である。)
 
『ガンスリンガー・ガール』はいたいけな小学生くらいの女の子たちが「殺し屋」をやるという話だ。
 
美少女とリアルなガンアクション、この不釣り合いさは「夕叢霧香(ゆうむら きりか)」のいたいけのなさ?(何せ「殺人」を、感情の抑揚なくやってのけるアサシン=暗殺者という設定で、霧香は小学生の頃から「それ」をやっている)が、それを描けるエンドラインのひとつだと感じていたのに、『ガンスリンガー・ガール』の設定は、もっと過酷なのである。

何が過酷なのか(非道いのか)というと、『NOIR(ノワール)』がファンタジーになってしまっている飛び越え方をしているのに比べて、『ガンスリンガー・ガール』が、設定に異様なリアルさを介在させている点において「痛々しい」と感じるからである。
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原作者、相田裕氏が描かれた漫画に、アニメ『ガンスリンガー・ガール』の絵柄イメージは、かなり近いと感じる。(これまた無知な私は相田裕氏の漫画を知らなかった。あとでアニメ以前に原作漫画のあることを知る。第二期の『ガンスリンガー・ガール』放送も終了しましたが、原作は・・・未だに雑誌連載継続中ですか?。)
  
アニメ版(第一期)の作画力、動画のレベル、演出(音楽も含め)、クォリティは一級品だ。
一挙にアニメ版の13話を見てしまわずにはいられない。
 
ところが、見終わっても小骨がどこか喉にひっかかるような痛みがなくならないのだ。
そういう演出をしているからである。
先述もした。
アニメ『NOIR(ノワール)』のようなファンタジー性よりも、はるかにショッキングなシーンがあるし、それは描写だけの事ではなくて、設定そのものの整合性に「とんでもない重力」を与えてしまっているからである。
 
犯罪被害者、身体障害者、カウンター・テロリスト、条件付け(刷り込み)、施設(公社)、幼女、etc.
キーワードが重すぎる。
 
書き始めるとネタばれにも長文にもなりそうだから制動します。
 
明言出来ることは、
この作品は、見る人を選びます。
アニメ『NOIR(ノワール)』でさえ、放送当時にPTAあたりの良識団体からクレームが多かったらしいが(「NOIR」に関しては、私はそんな風な感情はさざ波程度にしか抱かないが・・・、エンターテイメント性の方がはるかに勝っているから。)、『ガンスリンガー・ガール』に関しては、数段、問題は多かろうと感じる。
 
でも、こういう作品のクォリティの優秀さや、テーマ重力の暗鬱たる力を感じられる人、そうしてこれは知人が評していた言葉だが、どこかしら『透明感』を感じるセンスを持った人なら、見て記憶しておくべきアニメだと言える。
 
ヘンな方向に扇情的なのめり込み方をする人や、やたら批判論調にはしる人が見て、あるべきエンターテイメント性(う~ん、エンターテイメントと捉えていいのかも重いが・・・。)を汲み取れる種類のアニメではない。
(だから、この原作やアニメを題材にした『プレステのゲーム』が存在していることには、「このテーマやキャラクターでゲームにしてしまうのは・・・。」とは若干思う。コミックやアニメでの表現の自由性は、「ゲーム」というカテゴリーでは、より客層を選ぶのではないかと感じるからだ。)
 
ジャパニメーション。・・・トンデモナイ作品ヲ作ル。
ある意味の傑作である。(但し、万人にはお勧めしない。覚悟をして見るべし。)
 
GUNSLINGER GIRL~OP
           
        
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2008-06-22 06:10 | アニメ | Comments(8)

アニメ『彩雲国物語』第二期

アニメ『彩雲国物語』第二期を見てしまった。
 
いや、知人にも「テレビ(モニター)の見過ぎには注意しましょう」と、アドバイスを受けているのだが、見始めると止まらない。
 
最近のアニメは1クール、12~13話で終わってしまうシリーズが多いが、『彩雲国物語』は1年間アニメとまではいかないが、3クールの39話分、たっぷりとある。
それを第一期、第二期と(全78話を)続けて見るのは、やっぱり少しヘビーだった。
 
第二期の感想は、前半の中盤に最大の山場があった。
ヒロイン、紅秀麗(こう しゅうれい)が朝議(ちょうぎ=朝廷議会)で民草(たみくさ=民衆)のために、権威主義の貴族や議員たちを論破する、その言葉の熱さと正義が感動的であった。
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秀麗のVC(ヴォイス・キャスト)桑島法子さんの演技力と、その声の張り方、抑え方、通り方が見事です。
 
で、流行病に苦しむ遠方地、茶州(さしゅう)の民を救いに向かうのですが、感動的な「朝義」以降の中盤~終盤前に、何度かの「総集編」が入るのが、少し興醒めでした。
・・・まぁ、当時の製作スタッフが相当にスケジュール的に厳しい闘いをしていた事を臭わせて思いはせられます。(長丁場の連作で総集編が入るのは、製作調整~時間稼ぎが主な理由。)まとめてモニターしている立場としては、「総集編」はすっとばして見てしまいました(笑)。
 
そういう「総集編」の回を入れるとか、放送当時のスケジュール調整の甲斐があってか、第二期も作画や動画共に最後まで荒らすことはなく、綺麗にまとめていました。
(これで終わりでもいいのだけれど、この作品を紹介してくれた知人が先に感想を聞かせてくれていたように、第三期があってもおかしくはない「意図的な未完結」要素の多いストーリーだった。・・・あれは、ちゃんと回答編を用意してくれないと・・・。)
 
そういう意味も含めて、第一期を見ていないと、第二期だけからでは入りにくいストーリーでしたし、総体的に第一期の方が良い意味での「けれん味」要素が多くて、まとまりも良かったかな?。
 
でも、好きになったシリーズって、スタッフ総入れ替えとか、前作の面影を変質させてしまうようなことをやらない限りは、やはり見続けたいものです。 
 
第二期もオープニング主題歌が、第一期と同じ『♪はじまりの風よ~♪』の平原綾香さんだったし、・・・でも、なんか、「同じ主題歌だから、なおさら、第一期の方がオープニング・アニメが構成が良かったなぁ・・・」、と感じていたら、途中から、あっさりしていた画面に効果的な「CGエフェクト」などが追加されて、見栄えが良くなりました。
そして、最終話のエンディング・ロールはいつものED用挿入歌ではなくて、「はじまりの風」の2番目の歌詞がたっぷりと聞ける(ちょっと、編集されてたみたいだけど)、憎い演出もありました。
 
こうなると、 
第3期、やってほしいですね。
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2008-06-22 03:38 | アニメ | Comments(0)

アニメ『彩雲国物語』

アニメ『彩雲国物語』第一期を見た。

「彩雲国」というのはいちおう、想像上の国で、まぁ、でもそのまんま中国の王朝時代のような国が舞台設定である。
 
声優、桑島法子さんがヒロインを演じていて、たいそう清々しいドラマでありました。
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ドラマの導入部から~しばらくの間の展開は、あの「後宮小説」とかのファンタジー・ノベルを、ちょっと想起させる展開。貧乏性が染みついたヒロインが(貴族とはいえ、実際に貧乏。「後宮小説」のヒロインは庶民であったが)、仮の正妃として後宮に入る設定とか。
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表情豊かで快活な女性~というか女の子、紅秀麗(こう しゅうれい)でVC(ヴォイス・キャスト)の桑島法子さんはハマっている適役♪。
でも、これは原作が少女向けライトノベル、及び、少女漫画ということらしい。
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従って、王、紫 劉輝(し りゅうき)をはじめ、いい男(いわゆるイケメン)ばかりが数多く登場する。
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で、どの男性陣も嫌味がない。
ヒロインのボディーガード役というか侍従のようなこの男性(家族のような存在)茈 静蘭(し せいらん)とか、
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こちらのピンクの長髪男性、琳 千夜(りん せんや)にいたっては、仇役に近い存在なれど(ネタばれがあるので深くは書かないが)、声優の子安武人さんの声がやたらと良くて印象的。
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ともあれ、そのイケメン男性陣が、兄役や保護者役のような役回りでありつつも、基本的にここに紹介した以外のもっと多数の男性陣全てからヒロインは「深く」愛されているという、少女漫画的というか、女性から見た男性の理想型パターンが目白押しで並べられている内容だ。

それが男の私にも清々しく見られるのは、ヒロインが可愛いということと、わりとすんなり冒頭の「後宮モノ」っぽい展開が一段落したあとは(このアニメが放送された同NHKにおいて、韓国ドラマで、日本国内においても大変なブームになった)、あの『宮廷女官 チャングムの誓い』のような縦軸要素が入ってくるのだ。
彩雲国初めての女性官吏(かんり)をヒロインが目指すという話になるのである。(チャングムは医女になり、高等な官位まで授けられた。)
そうしたドラマ展開が興味も惹くし、受け入れやすかったのである。

なぜなら、『宮廷女官 チャングムの誓い』が好きで、あのドラマのDVDを全話、3~4回は見なおしている私には、アニメ『彩雲国物語』も同様な趣があって大変に面白かったのだ。
 
(絵柄は爽やかだが、そのクォリティや動画的に特筆すべきような演出は取り立ててない。手堅いというか、安定はしている。特筆すべきは、主題歌が素晴らしく、劇中BGMなども良いという事かしら。キャラ立てやストーリーの見せ方が上手い。・・・但し、登場人物の名前が全部中国史劇に出てくるような名前なので、「絵」で見れば見分けがつくが、セリフで名前だけを聴いていると混乱すること請け合い。似たような名前も多いから、本当に覚えきれない。・・・そのうち「なんとなく」馴れてくるが・・・。)
  
アニメ『彩雲国物語』~OP 
  
さて、ここでピックアップしておきたいのは、声優、桑島法子さんである。

アニメ『彩雲国物語』を見る以前に、桑島法子さんの名前は知っていた。
 
それは、私のマイ・フェバリット・アニメ~『NOIR(ノワール)』において、夕叢霧香(ゆうむら きりか)役をやっていたからだ。
(まぁ、どちらかというとミレイユ・ブーケが好きなんですけれど。)
でも、夕叢霧香というのは大変に重要なキャラで、重要キャラなんだけど、声優としてのこの役どころは「寡黙キャラ」であったのだ。
 
その「寡黙キャラ」の抑えた演技の印象的だった桑島法子さんが、私には強く刷り込まれていたので、『彩雲国物語』の紅秀麗は弾けていて驚いた。(じつは、『NOIR』以前の桑島法子さんを、あまり知らない。・・・機動戦艦ナデシコのミスマル・ユリカ役を見ていないのだ。 )
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夕叢霧香(ゆうむら きりか)ちゃん。むずかしい名前だ。ふりがながないと読めないよ。
小説の当て字に馴れた私でも、「叢」という字は「くさむら」と読んでしまう。「くさ」を取って名前として読めるのか・・・。ふぅむ。
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それで、なんで、「猫」の画像をはさんだかというと、霧香ちゃんがあまりにセリフがないので、このエピソードの「猫」の鳴き声まで桑島法子さんは演じたらしい。
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そして、桑島法子さんと言えば、「二面性キャラ」を演じられる達者さがある。
霧香ちゃんも「黒霧香」に化けた。
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さらに驚くのは、桑島法子さんが声をあてていたと知っても、夕叢霧香とも紅秀麗とも一致しないのが、この『あずまんが大王』の神楽(かぐら)さんである。
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『あずまんが大王』もマイ・フェバリット・アニメなのだが、視聴し直しても、神楽さんが桑島法子さんということが繋がらない。
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「二面性キャラ」で、「たおやかさ」と「ブラック」の両方を使い分けるアニメ『BAMBOO BLADE』(バンブーブレード)の宮崎 都(みやざき みやこ)役は、桑島法子さんの演技の幅広さを強く印象付けられる。
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いやはや、声優さんというのはたいしたものだ。
 
桑島法子さんは秀でているVC(ヴォイス・キャスト)の一人だが、日本のアニメ声優陣の芸達者さは、アニメ文化の両翼の一翼だと言っても過言ではないほど力量が凄い。(もう片翼と本体はいわずもがなである。「作画~動画力」と「シナリオ~演出力」の凄さだ。)
で、この雄々しき(あるいは優美な)鳥が飛ぶには、大気や大空が必要で、それが音楽や、様々なエフェクトなんだろうと思う。
でも、やはり「役者=声優」の演技力だよね。
 
洋画などの日本語吹き替えもしかり。
 
それ以上にアニメ文化は、声優陣に支えられている。
 
日本のアニメ、洋画吹き替えの声優陣の演技力というものは、特化している。
真のスペシャリストだ。
 
今回は、桑島法子さんに注目してみましたが、声優さんの人物名鑑をやりはじめると、私は書痙になってしまう。
他の声優さんについては、またいずれ・・・♪。
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2008-06-16 06:08 | アニメ | Comments(6)

岩手大震災は・・・

また、国内で大震災だ。
岩手・宮城内陸地震。
 
突然来るから、こういうのは・・・。
阪神大震災を経験した神戸市民の私としてはトラウマである。
 
どこで起きる地震被害の情報も痛い。
 
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2008-06-15 07:32 | Comments(2)

桑島法子さん

キーワードは声優の桑島法子さん。
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アニメNOIR(ノワール)で夕叢霧香(ゆうむら きりか)役を演じられていた声優さん。

視聴の順序のせいもあるが、『彩雲国物語』でヒロインの紅 秀麗(こう しゅうれい)をやっている人だとは一致しなかった。
 
知人(アニメ・マスター)によると、夕叢霧香みたいな役柄の方がイレギュラーなんだそうである。
 
詳しくは後日に語ります。
この声優さんを追うと、ブログで触れておきたいアニメ作品が、ズルズルッと出てきますので。
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2008-06-12 07:32 | 声優 | Comments(2)

はじまりの風よ

今、アニメ『彩雲国物語』を見ている。
♪はじまりの風よ~♪の平原綾香さんが歌う主題歌が素晴らしい。
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珍しいことだが、歌詞を覚えてしまった。物語に添っているのは勿論だが、青春や人生への普遍的な応援歌にもなっている。良い歌詞だ。
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で、感想を書きたい所だが、今見ているのは第一期シリーズの3クール分で、あとまだ第二期シリーズの3クールがあるという。
全部を見終わってから感想は語ることにしましょう。
 
こういうのは、アニメ・ムーヴメントに詳しい知人からの紹介やデータ提供で、はじめて知る作品が多い。
だから、2~3年や5年くらい遅れて「話題作」を見ることになったりする。

「おねがい☆ティーチャー」や「おねがい☆ツインズ」も昨年になってようやく全シリーズを見た。
とても楽しんだ♪。
しばらく無関心だった、声優やスタッフとかの名前も少しは覚えた。
キャラデザインで大人気な羽音たらく氏をずっと「はねたらく」と読んでいたが、「うおんたらく」さんだとあとで知ったのはご愛嬌。(笑)

たまたま先日、深夜放送で懐かしいアニメ、『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』を見た。(かえってこういう古い作品はリアルタイムに劇場で見ている。)その時は気にとめてなかったスタッフの中に、後に突出してくる才気を見つけて感心したりもする。
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劇場公開時には下の絵のエンディング・ミンメイはなかった。
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だいぶ後の完全版とかで新規挿入されたんだよね。
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ちなみに「愛・おぼえていますか」の原画スタッフロールの中に、おねティー、ああっ女神さまっ~合田浩章(ごうだ ひろあき)氏やエヴァンゲリオン~庵野秀明(あんの ひであき)氏を見つけた。
成る程。出世されましたなぁ。
 
10~15年前ほど熱心ではないが、自分でもリアルタイムに見るテレビアニメはある。
が、全話完全視聴することは今では皆無に等しい。リアルタイムに見続けたのは最近では「CLANNAD」くらいだ。
基本的には今は、「ほら、あの作品をとびとびに見てたけど、結末を知らない。」とか「え~と、最初の方を見ていないだ。」、そうして、「気になるから見せて」と言ったらちゃんと見せてくれる『アニメ・マスター』な知人がいるのです。(ライブラリーが凄い)
 
ブームから遅れて見ても構わない。いいものは、少々のタイムラグがあっても、感心も感動も出来る。
ジャパニメーションは面白いぞ、やはり。(まぁ、あれこれ見ると、広義には玉石混合だし、あくまでも好き嫌いは見る側の勝手な判断なのですが、話題作は人気があった理由がちゃんと分かる。)
 
今後もブログ・ネタは「遅れて見ましたが作品」の感想文になると思います。
 
まぁ、現在進行形の今なら、
「図書館戦争」が作画が良かったので気になっています。
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それと「To LOVEる~とらぶる~」というアニメのオープニングとエンディングが好き。
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とはいえ、キャラや背景にスタッフ名をのせるのは「R.O.D」や「かみちゅ!」の方が断然先駆的
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ノリはいい。
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絵もいい。
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但し、これらの賛辞はOPとEDに限ってのみ。
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EDが、ちょっとだけきわどいイラストを、ぐるぐる動き回る水玉を反転させてカバーしてるけど、DVDとかではこのエフェクトを外すのかも。「ぐるぐる水玉」が効果的なんで、もし外したらつまらなくなる。
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中身のストーリーはというと、女の子が、すぐにあられもない姿になるアニメ。とても軽い。そして薄い。今までの所、驚くほど「なんにもない」感じ。(などと書いたら、それは言い過ぎなんですが。明るさや、絵柄には好感を持っています、私。)
この先、化けるのか?。
つい「~とらぶる~」の画像を多めに載せてしまったけど・・・。
 
「おねティ」とか「おね2」とかは、いずれ先で語りたいです。
「おねティ」みたいな作品が見たいですよ。また。
「つるぺったん」の萌えアニメも、それはそれでいいのだけど(笑)。
なんか、そういうのも好きになってきたし。
 
絵的に狙うところは色々とあっていいよね。
「ストーリー」と「演出」ですよ。要は。(「良いシナリオがないと何も始まらない」と言われていたのだけど、なんだかストーリーがなくて、「演出」だけで面白い作品もあるものな、近頃。演出家、シナリオライター以上にセンスを磨かないといけないわけか。)
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2008-06-10 03:30 | アニメ | Comments(4)

秋葉原で大変なことが

日曜日だからということでなく、私の起床は遅い。
 
起きてみたら、まず顔も洗って、うがいをしつつ、やはりなんとなくテレビのスイッチを入れる。
たまたまチャンネルはニュース番組で、なんだか騒然とした状態。
 
秋葉原で大変なことが起きたようです。
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無差別殺人。
怪我人も多数。
 
事件内容は他のサイトやテレビニュースが、詳細を伝えている。(というか、現時点では、起きてしまった事象の断片的な情報しかない。)
 
同様の殺伐とした狂気のようなニュースが続くが、この手の事件では冷静な客観的コメントが出来ない。(いや、当然、現場に居合わせたわけでもないし、この種の事件のコメンテイターになるつもりもない。)
 
ケース・バイ・ケースによるから軽々な事は言えないのは百も承知。
冤罪事件もあるから、あとから捜査や状況証拠だけで浮かび上がってくるような犯人に対して迂闊なことは判断しがたい。
 
ただ、明らかな疑う余地もない現行犯の犯人(及び、限りなくそれに近いモノ)に対する、確定的犯罪者に対して、日本の司法や裁判制度はおかしいといつも思う。

後日の裁判で出てくる、「心神耗弱」、「心神喪失」という言葉で「無罪」、「減刑」の主張がよくある。
 
正当防衛以外に、事件に対する「責任能力」という考え方は・・・、必要なんでしょうか?。
少なくとも「無罪」はない。(暴論だが、精神を病んでいる者は無罪という論理は、私にはない。)

今回の事件と直接の関連性はないが、責任能力という意味においては、「少年法」も凶悪犯罪に関しては「更正」という言葉が不毛なように思える。(20年近く前の事件になるが、「女子高生コンクリート詰め殺人事件」とか、今でも記憶に生々しくおぞましい。凶悪事件が起きるたびに芋づる式に、負の記憶がよみがえる。)
 
ともあれ、私は陪審員には向かない市民であります。
感情論が強いから。
(ところで、あいかわらず、こういう事件が起きても、テレビ報道中の現場リポーターの背後で、野次馬の若者がカメラを意識してニタニタ笑っていたり、写ろうと身を乗り出したり、手を振ったりしている映像には虫酸が走る。)
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2008-06-08 18:29 | Comments(0)