2008年 08月 03日 ( 1 )

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赤塚不二夫先生

赤塚不二夫先生が他界されたニュースは、もうみなさんもご存知かと思う。
 
ウエブで毎日新聞、社会部編集委員(元サンデー毎日の編集者)の萩尾信也氏の記事を読ませていただいて、涙が出た。
赤塚不二夫さん死去:「昭和」またひとつ消えた
ギャグ漫画の天才、神様。
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私は末席中のいちばん末席の、そのはるかまた末席の漫画家(いや、そもそも私は立っていて、誰も気が付かない隅っこの方にいるだけだが)、原口は、幸甚な機会を得て言葉を交わしたことすらなくても、漫画界の神々の姿を直に目にする機会は何度か得た。
 
手塚治虫先生、石の森章太郎先生、藤子不二雄先生、ちばてつや先生、横山光輝先生、水木しげる先生、さいとうたかお先生、水野英子先生・・・あぁ、まだまだご尊顔拝謁(一方的に)しているのだが、咄嗟にはお名前が出てこない・・・。
 
トキワ荘時代や初期の漫画界、劇画界の巨匠ばかり。(その次世代以降にも、巨匠、天才、画伯は数多存在するが、やはり神々は別格・・・。)
 
手をのばせば触れる距離で「わぁぁ・・・、会っちゃったよ。」と内心密かに喜んでいた。~言葉をかけられる立場なわけもなく、ただ、神様を見つけては、そ~っと、接近出来る所まで接近していったんです。
(どこで会ったかって?。大出版社のパーティー会場とか、ファンの集いが関西であった時などである。昔の私はけっこうマメに行動していた。)
 
ただ、赤塚不二夫先生にはお会い出来ていない。
 
一度も。
 
1997年の赤塚先生の「ガン公表」のニュースは話題になったので知ってはいたが、2002年から、そんな重篤な病床の状態であったことさえ知らなかった。
 
私が漫画家志望!なんて心に抱いたのは、手塚治虫先生の漫画やアニメを見て、石の森章太郎先生の「漫画家入門」を読んだりしたことがはじまりだと記憶しているが、実は、そういうことを思う前に、子供の頃にいちばん読んでいたのは、赤塚不二夫先生のギャグ漫画だったような気がする・・・。
 
なんか、もう、悲しい。
 
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2008-08-03 20:26 | Comments(4)