移転作業、悪戦苦闘(汗)・゚・(。>Д<。)・゚・


何か新しくしたわけではないのに(見た目は変わらないのに)、その「見た目の変わらなさ」を維持するために悪戦苦闘。
 
前回に記事にした、ホムペのアドレス移転のせいです。
(サーバ容量が増えるのは有難いけど、まぁ、「プロバイダーの"旧サービス終了"による強制移転」だからなぁ。)
 
副作用が出ました。

「あ・・・」と気がついたら、
アドレスが変わらないから、ニフティさんとは直接関係のない、こちらの「エキサイトブログ」の方は、「なにもいじらなくていい」とタカをくくっていたら、そうではなかったのです。
 
考えてみれば、このブログのバナーひとつから「ホムペ由来」のものでリンクさせているものばかりで・・・。
 
ホムペの各ページのアドレスもみんな変わってしまったわけだから、「移転作業」直後には、まだ表示が生きていたバナー類の画像も、時間差で、1日経ったら全部「×」マークになってしまってリンクが消されていた。
 

まず、「本家ホムペ」に誘導するバナーがリンクごと消えてしまった。

見た目の第一印象で「難儀」したのは、このブログのスキン(背景)も、エキサイトのスキンとして用意されたものをまんま使うのはアレなんで、自分でアレンジしたものを用意してリンクさせていたら、その背景イラストごとふっとんでた。「文字テキスト」しか残ってない。(エキサイトで設定した「ヘルマドンナ」のイラスト1枚だけは生き残っていた。)
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「あわあわ」です。
DVDモニターを楽しむ以外に、PCやネット環境がないと寂しくてやっていけない体質になってきている私ですが、じつはパソコンの扱いに関しては「初心者感覚」のまま、成り行きで仕方なく得た知識以外には、まだ全然素人なところがございまして・・・。
 
特に「しばらくいじらなかったような設定」に関しては、ものの見事に色々と忘れてしまっているんですよねぇ。
 

リンク画像がものの見事に消えてますよ。
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まぁ、ウエブ配信していた会社が「倒産、閉鎖」しちゃったから、今は「not found」でリンク先はないんだけどね。(つまり、バナーとしての意味はない。)

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過去作品のメモリアルとして、ブログの装飾代わりに配しているわけだから、なんにも表示がないと「それはそれで」寂しいんですよ。白いままでは困るんだ。

 
そのあたりを再設定し直すのが、地味に"骨折り"でございました。
 
なんとか復帰出来たように思うのですが・・・。
どうなんだろ?。
 
旧アドレスごと消えたページの代わりに、新アドレスに引っ越している「各画像、サムネイル」のアドレスをもう一度拾ってきて、「さて、リンクとバナーの貼り方はどうするんだったか・・・。」という初歩的なことを思い出しながら・・・。
 

お、「もどった、もどった。」
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コミックスのサムネイルが再びリンクできた。
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やれやれです。
 
 
「装飾がわり」にプログラム入力を設定しなおすだけでも、エネルギーが要る。 
  
結局、パソコンったって、人がプログラムをいじらなきゃならない作業があるのは「アナログ」と同じじゃないですか。 
「音声で命じたり」、「イメージしただけ」でこちらのやりたいことを「なにもかもボケかますようなこともなく」理解してやってくれるようなものではないからね。
 
どこまでいっても、人の手は要るんです。
人の手や思考力、判断を煩わさずに出来ることの方が微々たるものなんです。
そう思えば、
アナログとデジタルは、どちらかに偏向することはないと思うんだ。
共存すればいいし、共存している。
 
その上で、なお、少しばかりの"こだわり"や"好み"の場面はケース・バイ・ケースであったりはするわけだから。
 
たとえば、 

映画でも、「スターウォーズ」や「スタートレック」のメカ類は、フルCGのスペースシップやファイターより、「模型」を"特撮"したものの方が私は好きだし。
でも、その「模型」を躍動的に撮影する技術は、もう大昔のワイヤー吊りではなく"コンピュータ制御のカメラ"、といったデジタルがあればこそなんだよね。
 
怪獣は、当時の技術や予算的都合からも「着ぐるみ」は「着ぐるみの魅力」をもって和製的に発展したものだけど、いまやCGアートで動く「ハリウッド怪獣」の方が、獰猛なしぐさを見せてくれるでしょう。
でも、その獰猛なしぐさや怪獣らしい挙動は、あえて人間の役者が演じる「着ぐるみ的な動き」を取り込んだ方が"画面栄えする"とかね。
「恐竜」の動きも、現実の爬虫類の動作をトレスするだけでは、イメージは爆発しない。
そこに説得力を持たせるのは、ストップモーション・人形アニメ時代の「職人感覚」レイ・ハリーハウゼン(Ray Harryhausen)やその系譜を受け継ぐ「幻想職人」たちのセンスがあればこそ"演技付け"が出来るわけだ。
 
私が「MMD」や「メタセコイア」にいまハマってるからって、それはそれ、これはこれなんです。
目の前に置けて、現物を(モニターの向こう側ではなく、同じ空間で)愛でることの出来る「フィギュア」への愛着は揺るがないものだから。
むしろ、MMDモデルはどれもこれも「フィギュア」にしたくなる。
「フィギュア」があって、MMDモデルがないものは、そっちも作りたくなる。
 
そして、
 
「漫画」や「小説」は「web」由来の発信でもおおいに結構だけれど(まぁ、これからそのトレンド傾向はどんどん増えていくのだろうけど)、ヒットしたなら「書籍にしてよ」って思うのは肝心なところ。
 
「本」はいいものだ。
「書籍」、紙媒体の良さは、再認識してしまう。
 
パソコン好きだから、かえって痛感するのですよ。
「モニターってなぜ、こんなに"目に悪い"のだろうか?」って。
 
まったく"目を疲れさせることのないモニターの発明"って、いつごろ叶うのだろうか。
 

漫画描きをオールパソコンで下書きからやって、仕上げている人。
確実に「目の寿命を縮めますよ。」と。

『色塗り』はね、これは仕方ない。
もうパソコンから、アナログの絵の具には戻れないのよ。
これは分かる。

 
ただ、"つけペン"が苦手なら、ピグマでもなんでも道具はいいから、「紙にナマで描くこと」、そのスキルをあげることはやめてしまわない方がいい。
 
もっとも、"つけペン"ってそんなに難しくもないのよ。
慣れると、興に乗ってくると、あれ楽しいのよ。
  
それに、まぁ、アニメーターさんでもそうだろうけど、今は「下書きをトレスするように、鉛筆書きで仕上げにしたって」いいでしょう。
ペン入れ(スミイレ)したのと同じくらいに、あとからスキャニングやPC上で加工できるんだから。
 
デジタルの利点が「修正が容易」ってのは理解できる。
ナマの消しゴムや、ポスターカラーのホワイト使って"紙原稿の修正"するよりは簡単だからね。
画像のコピペもきわめて楽だし。フィルタで多様な画像の加工も出来る。  
      
スクリーントーン貼りは、PCでやった方がゴミは出ないものね。
 
でも、それは「仕上げ」の多様性を増やす選択肢であって、おおもとは「紙と鉛筆(シャーペンで良い)」なんだよなぁ。
 
うん。
「紙」と「鉛筆」と「つけペン」と「インク」はいつまでも愛したい私です。
 
 
 
 

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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2016-04-15 05:01 | ブログ | Comments(2)

Commented by 白狼 at 2016-04-17 12:27 x
 デジタル画像でもアナログっぽい線が出せるので解らなくなっちゃいますが、個人的にはアナログのが何となく好きですねぇ
 それしか無いって言うのもありますが。(デジタルは印刷すればいくらでもおなじ物ができちゃうので)

 複製サイン色紙でありがたくないのと同じ感覚かもしれません。直筆なんでしょうがo(^-^)
Commented by PINKNUT_INC at 2016-04-17 15:50
白狼 様
いらっしゃいませ
 
"アナログ"作業は、描く側の立場で言うと、「ことに漫画原稿」などは、 単純に「紙と鉛筆」、「つけペンで走らせる描画に集中している時間、感覚」が好きなんですね。

ただ、作業のスピードは速くないので量産は出来ない。(プロの世界はスピードが大事なので、こういう人は大成功はしない(笑)。)
 
結局は健康問題的に「空中分解」しちゃったけど、そんな私がほんの一時期でも「週刊誌連載」なんてよくやったものだと思います。
 
ちなみに、「肉筆画」が嬉しいのは、私自身も誰かからもらった「生原稿」や「肉筆のカラーイラスト」は生涯の宝物になっていますから、よく分かります。
 
ただ、好きすぎると「複製」でも相当レアなもの(いわゆる商業ベースで販売されたれたり、もれなくプレゼントされるものではなく)、何かしらのコネや裏ルート、直接の友人関係からしか手に入らないような「(ふつう、世に出ないような)絵」は、「欲しい」と思ってしまいますよ。
 
単純な"コピー"でもいいんです。
実際にそういう稀有なもの、許しを得た上で某作家さんのものとか、何点か持ってますし(笑)。

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