水木しげる先生の訃報・・・。

 
2015年11月30日に、水木しげる先生がお亡くなりになっていたことを、私は今朝になって知った。
 
93歳。このご高齢にして、現役のままでの他界である。
訃報はショックだったが、生涯現役であり続けた、精力的なクリエイター魂は素晴らしかったというほかない・・・。
 
c0137122_12262537.jpg
 
 
昔、東京の某出版社の忘年会パーティーで、私は末席で参加させていただいたことがあるけれど、その際、自分の肉眼でそのお姿を拝謁できた"漫画界の神様"のおひとりである。
 
もちろん、私は『わぁぁ、水木しげる先生だよ・・・。』
と感激しながら、お姿を眺めていただけで(2~3メートルの近距離まで接近させていただいて、ご尊顔と名札の確認を(ひそかに)させていただいたりはした。~(お声をかけさせていただく度胸なんて、とてもとても・・・)基本、一部にテーブルと座席もあったが、皆さんが自由に動き回る立食形式のパーティーだったから、それとなくお傍を通り抜けることくらいは出来たのである。)
 
ただひたすら、レジェンドたる神様と同じ空間にいることを堪能していただけであった。それだけでも感無量だった。
(上記の同じパーティーには、水木しげる先生のほかにも、石ノ森 章太郎先生、ちばてつや先生、さいとうたかお先生、藤子不二雄A先生、といった神々のお姿も拝謁させていただいた。)
 
水木しげる先生のポジションは、それこそ独特であろう。
 
神々のお歴々はみなさんがすべて、オンリーワンの頂点にいらした方ばかりだが、水木しげる先生の筆致たるや唯一無二であって、派生が生まれる余地もない。
・・・だが、しかし、その影響力たるやなんというか、「妖怪」と言えばこの方が原典であり、教科書なのだ。
(もちろん、オリジナリティということだけでなく、過去の資料や伝承、絵師や作家の仕事を独特なフィルターでまとめあげたという感触がある。)
 
その「フィルター」の筆致が"点描画"であったり、簡潔な線のキャラ絵であったり、独特な"妖怪像"であったりと凄まじい。
 
そのまんまの派生が生まれて引き継がれる可能性が薄くても、「影響をうけた作家」が、水木しげる先生を原典にして、なんらかの作品的な再生産をし続けるであろうことは想像に難くない。
 
凄いのは、先生の生きた時代の重要な年次が「戦時下」ということもあり、とんでもないご苦労と経験をされている。
南方の兵役で片腕を失っておられるし、また、ご結婚後の人生の波乱万丈さもこれは、ドラマや作品になっている。
ご自身の日常を活写する晩年の私小説的漫画もまた独特の味わいである。
 
とりわけ水木先生の「戦記物」は、当時の戦地に派兵されたリアル体験をベースにした作品なので、一兵卒の立場からの「戦争の地獄」に関しての語り口は、淡々としていながら空恐ろしい。
ああいうのは戦争に行ったものにしか分からないし語れない。
 
このブログの前後に「戦争ごっこ」の視点から「武器のあれこれに関する興味」を語っている私の能天気な記事に、先生の記事をはさんでしまっているのが申し訳ないくらいだ。
(ところが、戦後の水木先生は、ご結婚後、かなりの貧しい暮らしぶりの中でも、生活の戦いと趣味的な愉しみとは混在していて、なんでもエピソードのひとつに、夫婦で「連合艦隊の再現」を目指して「軍艦の模型作り」を楽しんだりもしていたそうである。このおおらかさはなんだろうか。先生の執筆のアシスタントもしていたという器用な奥様。後に『ゲゲゲの女房』を執筆された奥様が、なんともまた凄い・・・。)
 
先生のペンネームの由来が、紙芝居作家時代のちょい前から、神戸に「水木荘」というところを経営してた事から、ということらしいが、これは神戸民としてはゆかりを感じることである。
(先生は父親の仕事の関係で大阪の住吉区出生だったが、本来の郷里は鳥取県境港市入船町ということで、母子はそこに帰って過ごしたことから出身地は鳥取ということになり、その後また大阪で働き、兵役があり、復員してから武蔵野美術学校時代というのがあり(結果的には中退)、なぜだか問屋仕事に関わり東北まで買い付けにいった経緯もありーの、商売行脚からのひょんな西への流れで神戸にたどり着いて、その神戸で不動産を入手、アパート経営をしてみたり、紙芝居時代があったり、そこから漫画家になったりしていくのだが、・・・wiki見ながら書いていてもわけがわからないほど、人生九十九折でいらっしゃる。)
 
貸本屋作家から、商業誌漫画家となって、やがて作品がアニメ化されたり、ドラマ化されたりして名実ともに成功されたのは、だから40歳代になってから、ということらしいが。
 
そこから、他界される間際まで「現役」でいらしたことは超人的だ。
 
「ゲゲゲの鬼太郎」や、"ビビビのねずみ男"とか"めだまの親父"なんてのは、それこそ先生の編纂された日本の妖怪たちとともに、永く生き続けるキャラクターだろう。
 
謹んでご冥福をお祈りします。 
 
 


[PR]

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by PINKNUT_INC | 2015-12-01 13:52 | ブログ | Comments(0)

<< いわゆる日曜大工♪・・・的な?(笑) フィギュア "fig... >>