ギャレス・エドワーズ 映画 『GODZILLA 2014』

ハリウッド映画『GODZILLA 2014』を見た。
遅れに遅れてDVDでようやく見ました。 

私はとても堪能いたしました。
面白かったですよ。
(※これはやはり、劇場のスクリーンで見るべき映画でしたな。)
 
ゴジラの迫力や、咆哮シーンのサウンドのビリビリ感は家庭のモニター環境でも、なかなかに凄まじかったです。
 
ゴールデンゲートブリッジで立ち往生しているスクールバスの窓枠越しに見るゴジラ。現実にこんな目にあったら乗客は阿鼻叫喚ですわ。
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そのゴールデンゲートブリッジ上では米軍のエイブラムス戦車(実物)が奮戦しているが、ブリッジの下には米海軍も展開していて、この辺りの(艦船とかは実物とCGがないまぜになってるのだろうが)たぶん米軍が実車両で全面的に協力しているであろうシーンは贅沢すぎる描写だ。
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キャプチャーし忘れたが、ことにコジラの背びれ、背中、巨大な尾と競演していた米軍艦船とのシーンは、私のような軍艦船、AFV車両のファンから見てると胸の高鳴るシーンだった。あんなシーンや合成は日本では無理すぎる・・・。
日本の怪獣物でも自衛隊の協力は得たりしてても、ハリウッドがやってるような1000分の1の真似も出来ない。公共道路やゴールデンゲートブリッジなどでの撮影も仕上げはCG合成でも、こんな大規模なロケーションも実際にやられているわけで、これは市の協力、行政の理解や協力が、「主要産業として地位を得ているハリウッド映画」だからこそ出来ることだ。
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今回、映画公開までほとんど情報がリークされなかったムートー / M.U.T.O.→ Massive Unidentified Terrestrial Organism(未確認巨大陸生生命体)の略~の姿、動作は、日本の平成ガメラシリーズのギャオスやレギオンを足したような形態であった。
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ムートーは雌雄がいてメスが圧倒的にでかかった。(羽蟻みたいに飛べるのは体の小さなオスだけである。)
これがコジラ(及び人類にとって)の敵役怪獣である。
怪獣の格好良さとしては好みの分かれる形態であろう。
ただし演出の巧さで、四肢に高下駄を履かせたような動きのせいもあり、上から人間を見下ろして目線を合わせる演技までさせるから怖い。(アメリカはアイアンマンとかといい、こういう感情を読ませない「目」の描写を怪人や怪物にするのが好きだよね、ホント。しかしムートーの感情面の描写、雌雄の仲むつまじさや我が子「卵」への執着や落胆、怒りの表現はとてもダイレクトに活写されていた。)
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さて、肝心要のゴジラの容姿に関してだが、いかつくてなかなかいい。
日本で言えば平成第一作目、1984年版のゴジラの頭部をうんと小さくして、体はうんとマッチョに、背びれはミレニアムゴジラタイプで、目は、ジュラシックパークのT-レックスの「頭部と目の比率くらい」に小さな眼孔で、所作に2005年版キングコングがそこここに入っている感じ。
イグアナ・ゴジラと較べたら、重戦車の主砲も、バトルシップの主砲も、追撃ミサイルも平気、イグアナ・ゴジラを沈めた戦闘機のミサイルも同様に基本的に平気だった。(鬱陶しがってる描写や少しは痛がってる描写はあったようにも思うが、基本、ほぼノーダメージ。)
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白眉は「放射能熱線」の第一撃と、追撃、追撃の描写である。
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ここはすごい。本当に凄いし感動的だ。
第一撃を吐く前の大きく胸部を膨らませて一気に吐き出すシーンは、これ結局、日本のゴジラではこだわれなくて描かれずじまいだったことだ。
悔しいのである。やられちゃったねぇ。

熱線吐きながら追撃の手を緩めない徹底ぶりも見事なものだ。
そして、それは、あの(全世界を含めての)怪獣映画最高の名シーンのひとつとなったクライマックスの「放射熱線ラストシューティング」の決め技につながる・・・。
両手ぶらりんのこのハリウッド・ゴジラの序盤の描写はまさにフェイクで、「お前、そんなに器用に前肢(まえあし)使えたんかいっ!」というツッコミと拍手喝采になる。
悔しいわ。あの描写はホント凄いわ。ウルトラ級の名シーンとなりましたわ。
(で、こんな凄い武器なら最初から刀を抜けというのは野暮そのもの。この熱線は、決してやり損じてはならないところでしか使えない「とっておき」なんだろう。使っちゃった後はライフゼロに近くなって昏倒してしまうほど消耗するのだろう。事実、ゴジラ、ラスト前には昏倒した。・・・まぁ、「ちょっと疲れたから昼寝」みたいなものだったが。昼寝よりは深刻な消耗だったのだろう。)
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この記事で前出のゴールデンゲートブリッジもあっさり中央部辺りで破壊しているから、「ゴジラによる都市破壊のカタルシスがほとんどない」とか言ってる人は、あそこだけでもどんだけの軍や民間人に死人が出ているか空恐ろしいと悟るべきです。
ゴジラ上陸の津波のシーンなどは、明らかに大きな自然災害レベルの犠牲者が出ているでしょうし、ほんとに恐ろしい。・・・ただ、映画ではあえてクローズアップせずに、そこら辺の詳しい描写を避けているだけだ。
だから、まぁ、都市壊滅の主犯はムートーだったにせよ、ゴジラは動くだけで大迷惑なのである。

そういうことを念頭に置いていれば、繁殖期だったムートーの子作り作業を阻止して、結果的に(一時的に)人類を助けた話にはなるが、ゴジラの去るこの↓シーンで(マスコミによる)「救世主だったのか?」扱いはおかしすぎる。
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人々はただ、呆然と立ち尽くすのみなのであった。
それが全てだ。
したがって、去っていくゴジラ、生きていたゴジラに万感の思いを馳せる芹沢博士役、渡辺謙さんの表情はとても印象的でしたが、終始、オブザーバーとして立会人の役目しか与えられなかったことは、いささか演技派俳優としては物足りなくはあった。
もっとも、この映画にクレジットされて渡辺謙さんが登場してくれていただけで嬉しく思えるほどの「たいそう立派な作品」でした。
怪獣の行動定義のストーリー・プロットは、どこか「平成ガメラ・シリーズのプロット」をいただいちゃってる感は臭うのだけれど、この辺はオマージュ、リスペクトと受け取りましょう。
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「雄たけび」というかゴジラの立ち去り際の「咆哮」。
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ここでコジラの体の回りに海鳥が羽ばたいてる対比にご注目あれ。
(※ちなみに、ここの全ての画像はクリックすると拡大します。)
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この映画は終始、予兆、予感的に怪獣の現れる前に「芸こま」な描写をふんだんに演出するのが心憎かった。
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合成があまりにも自然で、CGに出来ないことはもう何もないのでは、と思わせるくらい技術の凄い作品でした。そして、ただの技術驕りにならないのは、「演出」、「見せ方」のアートっぷり、職人気質やマニア魂、プロの気配りが一流だったので、爽快なのでした。
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ラストの暗転、ムービーキャストのクレジットシーンに至ったときには、あのサントラ音楽ではなく、もっとこう気分的に平成ガメラ一作目のラストシーン間際に流れたような感動的なスコアなら良かったんだけどね。
(閉幕直後にヘビメタやロック流されなかっただけ、怪獣映画としてはマシだったかな。) 


これでテーマ音楽にもっとこう重量感や印象に残る主旋律があればいっそう良かったのだけれど、音楽的にはサントラ盤を買いたいとまではいかなかったかな。
(それでも、あの旋律は今も頭の中に残っているけどね。ただ、「あれじゃない感」は私にはある。だからと言って、あのハリウッド映画で伊福部昭先生のゴジラのテーマをかけろと言うのは、それは「明らかに違う」とは、はっきり思う。平成ガメラシリーズで「昭和のガメラマーチ」をかけるべきとは思わないのと同じで、それぞれ別物なのだ。)

でも、「怪獣映画」としての雰囲気は良かったです。 

ゴジラの動かし方も、演出、カメラ割り、見せ方の巧さ、・・・これはもう、ちょっと日本でもまたゴジラ映画を某監督様方で再始動させることになったけど、製作予算の違いだけでなく勝てないのではないのかなぁ・・・。 

私は前回のハリウッド製マグロを食べていたゴジラの方も楽しめたのですよ。
でも、あれは巨大な突然変異生物のパニック映画であって「怪獣映画」ではなかったからね。 

今度のギャレス・ゴジラは「怪獣」でしたよ。

こうしたゴジラの演技はプログラマーがやるわけだが、ジュラシックパークの時にも、エンジニアたちには「生々しい恐竜の動かし方」など分からなかった。あの時その指導をしたのはかつてのストップモーション界の雄フィル・ティペット(元祖レイ・ハリーハウゼンの流れを継ぐ人)であり、やはり「匠の技」が無生物に命を与えるのである。
そうして今回は、アンディー・サーキスという人がゴジラのモーションキャプチャーを担当している。
日本で言えば着ぐるみ怪獣のスーツアクターみたいなもので、実はこの人、2005年版キングコングの3DCGにも演技付けしたご当人だ。
ああ、なるほど。だから、今度のゴジラの動作・演技にも"あのキングコングの所作が透けて見える"のは納得なのである。
 
ともあれ、 

ネガティブな感想を言う方もいらっしゃいますが。
まぁ、冒頭の「日本の描写がヘンすぎる」とか、ゴジラの敵方怪獣ムートーに「都市破壊のお株を取られて、なんとなくゴジラは行儀良かった(笑)」とか、いえ、画面ではあえて「そこをクローズアップして見せなかっただけで」、ゴジラの登場の仕方や動作で相当な被害、人死には出ています。とんでもない「大災害」映画なのです。

ただし「人間ドラマ」の描写の方は全体に空振りしてるっぽい感は否めなかったかな。

主演俳優として三人目にクレジットされている渡辺謙さんも、シナリオのせいだよね。影が薄かった。
主要キャストとして出ていてくれてるだけで嬉しいことだったけれど、主要キャストらしい見せ場やセリフはさほどなかったものな。
(劇中でチラリと触れられる「ヒロシマ」の件も、懐中時計の父の被爆証拠は、年齢設定的にギリギリ辻褄が合わなくもないからいいけど、・・・この映画「核爆弾」に関しての意味づけや、描写がヘンテコリンなんだよね。被爆国から見ると核を舐めすぎとしか言いようがない。『24 -TWENTY FOUR-』の核爆発描写でもそうたったけど、威力のある花火程度にしか描写できないのは核保有国としてのお家の事情なのかしら。)

これ、ドラマ的に人間同士の対立や、少々ステレオタイプになっても「こんな奴は怪獣に踏み潰されろ」くらいのバカもドラマ作りとしてはいてくれた方がいいんですよね。

そういうキャラクターがいなくて、みなさん中途半端にひたむきなだけで、またモブシーンも「愚かしいほどパニックになってる人の描写」はジャマになると判断したのか省略されてたし、どうにもその辺が煮え切らなかったよね。まぁ、そこを執拗に描くとあまりにも地獄になるから仕方がないか。

そういうのはやっぱりスピルバーグは巧いですけどね。「驚き」のほうに焦点をあてて演出に取り込むから彼の映画は感情移入はしやすい。 

それでも、こと「怪獣」の見せ方や演出はこのギャレス映画、巧かったですよ。

ゴジラの放射熱線の使わせ方や決め技としての演出は、日本人の作る着ぐるみ演出では思いもつかなかったやり方でしたよね。(たくさんの画像をのせつつ、未見の方のためにそこだけはバラしませんが。)
強力な尻尾の武器としての使い方ももっともな見せ方でした。

あと、ゴジラの演技付けに「見得を切る」ような演出がふんだんにあって、複数の敵方怪獣相手に苦闘しながら奮戦する様子や、まともにぶつかれば「じつは力の差は圧倒的」な感じの爽快さともどかしさの織り込み方は、ティラノザウルス相手に腕噛まれたり拳で奮戦していた2005年版キングコングの立ち回りを髣髴とさせて、ここらへん「怪獣プロレス」もハリウッド的でなかなかのもんでした。(監督はイギリス人ですが。)

勝ち誇りのゴジラの咆哮、決めポーズはは、まんま、キングコングの雄たけび+ドラミング(胸たたき)ですよね~。 

ギャレス・ゴジラは次作の製作も決定したようですが、キングギドラやラドンの登場も候補になっているのなら、それはもう楽しみですよ。
 
 
 
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Commented by ざんぶろんぞ at 2015-05-07 17:03 x
雌のムートーへの熱き接吻がとどめになると言う(笑)、本作のゴジラと前作のハリウッドゴジラへの評価が私と同じなのです、物足りない部分はありますが本作はミサイルなんかではびくともしない「怪獣」で安心しました、次回作の前になるか後になるかは判りませんが、日本の新作ゴジラも始動しはじめたようなのでそちらも楽しみです。
Commented by PINKNUT_INC at 2015-05-07 23:00
ざんぶろんぞ 様
いらっしゃいませ
 
コメント、サンクスです。
ハリウッドゴジラは、なんのかんの言っても(とりわけ今回のギャレス版ゴジラは)本家へのリスペクトがあるようですし、「巨大生物の悲哀や末路」ではなく「怪獣」は「カッコイイ」(怖い。荒ぶる神)という視点は継承していただきたいです。
再始動する日本のゴジラ映画も平成ガメラ1作目~2作目のモチベーション以上でがんばってほしいです。

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