「時をかける少女」ふたたび

ふたたび、どころか、もう7~8回はモニターしているような気がする。

関西では、昨夜の深夜枠にて「時をかける少女」が再々放映されていた。
今夏、細田守監督の劇場版新作映画が(7/21)からロードショーされるので、その前夜祭的な感じだね。

印象的な劇中の「踏切」の描写。
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そして、見ていて「もらい泣き」してしまうシーン(笑)。
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この「時かけ」は、今のところ、私の中では劇場版邦画アニメで、上位10傑の中のひとつに入ってくるお気に入りなのです。
繰り返し見ても・・・凄いよ。出来栄え。清々しさとせつなさ。

じつに名作です。

とてもいい気分になれる作品で、細田監督の新作映画も楽しみだ。

ただ、近作の「まどか☆マギカ」的な解釈で言うなら、

この「時かけ」は未来に希望を繋げる大団円ながら、それは「都合の良い選択肢をチョイスし続けた」結果のハッピーエンドであるに過ぎない。

ドラマの中でヒロインやもう一人の主人公が見たハズの「不幸な踏切事故」は、起きたままの世界がどこかに置き去りにされているのだ。

本来、起きてしまったことはもとに戻せない。

"タイムリープ"のタイムパラドックス的な話は、時間遡行者の記憶がちゃんと繋がっているので、彼や彼女の意識と経験の中で、起きてしまったことが「刻みこまれたまま」・・・ということは、それはどうにも変えようのないひとつの現実なのだ。

時間遡行者は、(自らの都合のいいように)自分の身の回りを歴史改ざんをしているケースが多いので、タイムリーパーが時間操作したぶんありとあらゆる可能性の「並行世界」を増やしているだけなんだ。という考え方になっていき・・・、これはもうどツボにはまる。

でもね。

それは、SFの概念を持ち出さなくても、普段の私たちが「そういうたくさんの可能性の世界の中のひとつ」の結果の中で生きていて、他はあり得ないと完全肯定も出来ない。
まぁ、「歴史にたらればはない」というけれど、もしかしたら「タラもレバーも」もあるのかもしれないよ。

「あのとき、ああしなかった私」

「あのとき、ああしていたら、こうなっていたかもしれない自分」

そして、
「可能性としての、別の判断や行動をしていた自分がいる世界」ってのは、どこかにあるのかもしれない?。どうだろ?。

普通に考えれば、そんなものはあるわけない。

あるのかも、と過程すれば、それは「架空の物語」になっていくのだけど、普通は今ある世界が唯一無二だと思えるよね。

それでも、その世界を眺めて観測出来る自分の「意識」はなんと小さな行動範囲と鎖に繋がれているままなのだろうか?。

私にしても・・・。

地球は丸いことを知っているのだけど、宇宙に出て自分の目で見たことないしねぇ。
~だけれど、「うん、地球は衛星写真で見せてくれる通りに、あんな感じで間違いないんだ」などとは割と抵抗無く受け容れられるし、その一方でどれほど色々な事例を示されても、「心霊現象」や「占いの類」というのは、それを楽しむ限りにおいては聴いていられるけれど、心底信じることには肯定的ではない。

それ、言いだしたらキリがないけれど。

だから、まぁ、想像することも、知っている人の話を聞くことも、信じることも、疑ってみることも、人は好きなんだよね。

人はそういう生き物だからこそ、『物語』ってのが愛されるし、好かれるんだよな。
それは「そんなことがあれば面白い」と思えるからだし、物語は、人生の「教室」だし「智恵」の宝庫でもあるからだ。

心情的には、物語の中の一言やエピソードが、人生の道しるべや宝物にだってなることさえある。
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そう。『物語』は大前提の虚構の中に、たくさんの真実もちりばめられていることをみんなが感じ取っているからね。

タイムパラドックスの話とは別なアプローチで、今夜見た「時かけ」の中には、たくさんの"大切なこと"、"真実"がちりばめられていたから、それを感じ取れた人は、この「物語」を愛せるんだよね。

それは、ヒロインの意識がどう変化していったか、成長したか、何に気が付き、どう向き合えたかということが(微塵も教条的にはならず、とても率直に)描写出来ていることが素敵なんです。

それは物語としての、語り口や、仕掛けの面白さ、整合性に拍手する気持ちと併せて、「心を震わせてくれるようななにか」までをも見せつけられてこそ昇華する。

感動出来るんです。

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こうしたシーンの美しさだけではなく、あたふた動いている「人の日常の、さりげない生活臭」こそが大切。
じつはもっとも愛すべきものがそこに活写出来ていることが魅力的だったりもするものです。


       
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Commented by ざんぶろんぞ at 2012-07-24 01:23 x
細田作品の恐ろしさは「違和感を感じつつ引き込まれている自分」に驚く事が多いです(いや好きなんですがね、、ただ最後の「もう一度できる」と気づく辺りの理屈に違和感があるのよ、「私気になります!(by「ちたんだ」さん)
「時間」を扱った作品で「パラレルワールド」関連には作家さんの解釈が面白いのであります、最近ではありませんが「ドラゴンボール」のセルと人造人間辺りの話は解釈として面白いです、あとは「長谷川裕一」氏の「クロノアイズ」でも「無限の枝分かれした世界」というあらゆる可能性の世界もありますね、是非アニメ「シュタインズ・ゲート」や映画「バタフライエフェクト」も抑えていただくと面白さ倍増です。
Commented by PINKNUT_INC at 2012-07-28 03:33
ざんぶろんぞ 様
いらっしゃいませ
  
お薦めの「シュタインズ・ゲート」が、にわかに気になり始めている私です。
   
というのも、電波なキーワードやシーン、セリフがマニア層にも受けたのか、やたら、主人公をパロディにしたネタ(二次創作)を、私のよく見る(他作家さんの)MMDドラマでも、あちこちで異様に見かけるのです。
    
これが「シュタゲ」のネタだとは分かっていなかった私ですが、ニコチャンネルで第一話は無料だったから見てみたら、もろに「シュタゲ」がパロディの元ネタだと気がつきました。(「シュタゲ」のそういうエピソード自体が、ネットの都市伝説をパロっているらしいですね。)
    
第一話は「わけがわからない」状態で終わってしまっていたのですが、う~ん、続き見たいなぁ、どうしようかなぁ(笑)。(課金しかないかしら?)
Commented by ざんぶろんぞ at 2012-07-29 07:56 x
偶然なんでしょうが2011年は「シュタゲ」と「まどか」という時間遡行者のお話でちらも傑作だったのがうれしいです、しかもどちらも「ネタ」にしやすいのが良かったりします(笑)、ドラえもんあたりですとつじつま合わせのために苦労していますね、こちでは「過去の改変」は未来に影響をあたえる」と言うのが大前提(そもそものドラえもんが過去に来た理由ですので)なので「改変した本人」にしか改変部分が分からないのだと思います、映画版などではその部分が伏線になっていたりしますね(「新・のび太と鉄人兵団」「のび太の恐竜」「のび太のワンニャン時空伝」はいいですよ、好きな作品でもあります)

ついでですが「細田監督」の新作のインタビュー記事を貼っておきます。
「宮崎駿になりたくてアニメをやってるわけじゃない!」
hssp://wpb.shueisha.co.jp/2012/07/28/12951/
Commented by ざんぶろんぞ at 2012-07-29 16:24 x
忘れていたけれど、此処でも取り上げておられた時間遡行物の大作「涼宮ハルヒの憂鬱」と「エンドレスエイト」そして「涼宮ハルヒの消失」、此方では「変えさせない」ための「タイムパトロール」とか未来人も居ましたっけ(笑)細かな辻褄はこいつらがしゅ(禁則事項ですので修正しました)
Commented by PINKNUT_INC at 2012-07-31 03:36
ざんぶろんぞ 様
いらっしゃいませ
      
インタビュー記事を拝見しました。
細田監督は、以前から宮崎駿さんへのリスペクトとアンチっぷりは忌憚なく公言されてましたからね(笑)。
毒舌ではなく素直な発言だし、作品で見事に自らのスタンスを体現されていますから、私はそのまま受け取っています。
記憶違いなら先に謝っておきますが、そもそも、細田氏、宮崎さんの元で仕事してたんですよね。で、かなり「職場としてはイヤな思いをして」、「あそこではもう働きたくない」みたいな感じになったとか。
まぁ、宮崎さん映画の製作ドキュメント(好意的に編集しているハズ)を見てさえ、うちの姉でも「あの職場風景の、メイキングは嫌い」って言ってましたなぁ。楽屋裏の「生みの苦労」、「作品製作への葛藤」を見せてくれるというより、スタッフを叱ってる宮崎さんの映像なんかはしんどくなるそうです。

勿論、ジブリ作品は本当に素晴らしいです。
けど、作品的にも、制作スタンス的にも、みんながジブリになる必要は確かにありませんしね。
クリエイターも色々な流儀があっていいのだと思いますよ。
Commented by PINKNUT_INC at 2012-07-31 03:37
ざんぶろんぞ 様
いらっしゃいませ
    
タイムパラドックスものに限らず、エンターテイメントは、つまりこういうことだと思います。
それは「ツッコミ入れたら負け」というような、「作品としてのひとつの結論」というか、楽しみ方を提供してくれたエンタメこそが正義!、みたいなね。
そういう域に達した作品は、歓迎すべきだと思うのですよ。
 
まぁ、「えぇ~い、これはみんなでツッコミ入れるべきww 」というツッコミまでも想定して成立する楽しみ方も有り得るのが、これまたエンタメの深いところ(?) ではありますが(笑)。
 

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