過去記事の「動画」が全部"消えている" ・・・orz 


過去記事の「動画」が全部"消えている" ・・・orz 

"なんにもなかったことに"されている。

エキサイトブログさんは、過去にわさわざ、

「記事にYoutubeが貼れるようになりました エキサイトブログ向上委員会」
「記事にYoutubeが貼れるようになりました エキサイトブログ向上委員会」

 
などと言うことをやってこられた。
 
それが、つい最近に脈絡も無く、
「すべて動画が排除」
されてしまっているのが「?」なのだ。
 
私の過去記事でも、特に「ニコニコ動画」さんの「MMD動画」関連は積極的に関連記事を書いてきたが、そうした記事内での動画が(当事からつい先ごろまでの"エキサイトブログの口上通り"普通に再生することが出来ていたが)、今は全部ただの(文字列1行分の空白さえ与えられない)白地になっている。
 
なにか動画が貼ってあった痕跡があって「再生できません」とかのメッセージが出るわけでもなく、完璧に「なんにもなかったことにされている」。

こういう画面なら、ニコニコ動画なんかで見たことはある。
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「ひとこと、おことわり」が出るだけ、まだマシだ。
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環境の問題で、こういうのもあるよなぁ。
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いずれにしても、なんらかの「アテンション」があるなら、「そーなのか~」という感じなんだけど。
 
にしても、エキサイトブログさんは、
ころころ、仕様を変えないで欲しいなぁ。
 
記事を書くのも「相当な労力が要るもの」なのよ。
 
ただ、「他サイトの動画」を拝借して並べているだけなら「記事」ではなく、ただの「リンク集」だ。

そんなことはセミプロか、プロなリンクページでよくやってるから、素人は手を出さない。
 
素人ブロガーは、あくまでも引用や「お題」、「テーマ」として「動画」を借りたりする。

されど、動画作品を"お題"にしながら、感想や私見、解釈を拡大して、あれこれ論じたりしているうちに宇宙論や人生論にまで発展することがあるのは、「愉しみ」だし、それ自体だって「エンタメ」なのである。
 
そういうのを、かつて"(運営側で)勧誘しておきながら"、ある日突然に"全否定"とは・・・。
 
私の過去記事の一部が、ずいぶん意味不明な寂しいものになっています。

ま、こっちが書いた文章だけは残っているから、「感想文記録」としては残滓があるわけですが、正直とんでもなく締まらない状態だ。
静止画だけでもキャプチャして(動画リンクを消された場所に)貼らないと、「写真の無い、煽り文句だけ残っている写真集」になってますね。

首尾一貫して「一切のリンクを認めず」なら、それはそれでユーザーも理解して、母港としてのブログ選びをするだろうけど、運営方針がブレるから振り回されるのよね。ユーザー側も。 
  


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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by PINKNUT_INC | 2016-12-07 01:08 | ブログ | Trackback | Comments(0)

映画『KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR』を見て♪


映画『KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR』
 
これは、1997年公開のドイツ映画である。
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ボブ・ディランの同名タイトル曲「
Knockin' on heaven's door」=ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドアがあったよね。

じつは、あの名曲から着想を得たと言うか、オマージュにしたというような主旨のことを、監督自身が公言している。
 
さらに言うなら、ボブ・ディランの曲のことは私も知ってはいるが、このドイツ映画のことを、私は、つい先日まで知らなかった。
映画ファンなら知っているべき、見ておくべき「名作」なそうなのだが、知らなかったのよ。
 
とあるキッカケがあって、こちらの映画の存在を知り、見たくなってDVDを買って見た。
(どうやら、知る人ぞ知る名作なのに、日本国内においては旧版のDVDは絶版になり、吹き替えなし版でようやく復活したもののBD版が存在しない程度の、セールス的には不遇な扱いだったようだ。)
本国ドイツや海外ではカルト的な人気がある作品らしい。
 
もちろん日本でも、知ってる人は知っている名作であるから、なんか日本で2009年にリメイク・ムービーが作られたとか。
主役の男性ふたりを、男女にキャストを変えて作っちゃったとか。
そっちは私は見ていないので、コメントは差し控えます。
 
とにかく、原作の
映画『KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR』は名作だった。
※映画用のオリジナル脚本だ。
 
ストーリーは、とある日の病気の検査で「末期癌」を告知された二人の男性が、たまたま病棟の同室になって知り合うというもの。
(赤の他人で、同じ日に同じ病院で検査、それぞれの担当医から告知を受けていた。)
 
唐突な間近な死の予告である。
 
日頃、健康に問題なく暮らしているつもりの人にでも、まぁ、誰にでも起こりうることだ。
 
劇中の彼らもまさしくそうだった。
 
ふたりの男性のキャラクターは正反対。
ステレオタイプ的な言い方をすれば、常識人の真面目人間「ルディ」と、
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「マーチン」は、ちょい悪(わる)風なキャラ。まぁ、ふたりとも死ぬには早すぎる若さ。
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そして、ドイツ映画という舞台が、「らしいシチュエーションのふたりにとっての最後の希望、目的」を設定する。
「一度、海が見たい。」という。
内陸にあるドイツには海が無いから、同様に内陸部に住む人って、彼らに限らず"海に縁の無いまま人生を過ごす"人は多いかもしれない。
 
何かの伝承や逸話が原典にあるエピソードなのかどうかは知らないが、ここで「死を間近に突きつけられた彼らが話題にした話」が「天国」のこと。
 
その「天国」では今、なにが流行っているか知っているか?、という奇妙な寓話。
 
「天国では、海の話をするんだ。」
 
でも、人生でこれまで一度も"海を見たことがない"と言うルディに対して、「まさか、冗談だろ?」と応じるマーチン。
シチュエーションの成り行きで、こんなことを「病棟内のキッチンでテキーラを飲みながら酔っ払って、語り合っていた二人」は、そのまま駐車場の他人の自動車(ベンツ)を盗んで、酔っ払った勢いのまま、病院を脱出してしまう。
 
この盗んだベンツが、マフィアのものだった。
 
ここからは、いわゆるロードムービーになる。
 
「海を見に行こう」という目的のためだけに、成り行きの旅をする二人は、マフィアの車をそうとは知らずに盗んでしまった経緯から、同車内で拳銃と100万ドイツ・マルク(ユーロに変わる前だったから)を見つける。
 
これをまもなく死ぬ身の怖いもの知らずと、儚いなりの死の前に「やっておきたいこと」をやっちゃおうとする妙なバイタリティが凄い。
根底はシリアスなのだが、映画の流れはアクション・コメディになっているからだ。
100万マルクの件も、拳銃の件も「ラッキーな車を手に入れた」という認識だけで、使いたいように利用してしまうのである。(ルディの方には当初、逡巡があったが、無鉄砲なマーチンのキャラに流されてしまう。)
 
とても軽快に洒脱に、笑いながら90分ほどで見られる映画だが、笑いながら「泣いてしまう」のだ。
 
いくつかの映画のシーンを下にキャプチャーしておいたが、思い返すと、そういう無節操さの「笑い」と、まさしく刹那的な「せつなさ」がよみがえる名シーンばかりだ。
 
超高級なホテルのVIPルームに泊まって、死ぬ前にやりたいことを語り合う。時間が無いので、お互いにまず「ひとつ」に的を絞る。
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ただ、最後の旅の共通の目的は「見たことのない海をみること」。
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これは移動中の街角で見つけた「海の写真パネル」。
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この「海を見たい」というキーワードは、映画を鑑賞する立場からの誰の胸の中にも、何かと「置き換えることが出来る」キーワードだ。
 
普通、人は「間近な死の宣告」などされたら、ショックで無気力になって"なにも手につかなくなって"、ただ、呆然と無為に、その残された時間さえ過ぎるままに過ごして終わってしまうケースが多いことだろう。
 
それでも、今しばらくでも、ほんの少しでも時間があるなら、叶うことなら許されるのなら、その体が動きさえすれば、やっておきたいことのひとつや、経験したいこと、見ておきたいもののひとつは誰にだってある。
 
やりたいことがいっぱいありすぎて選べなくても、煎じ詰めればおのずとそれは見えてくる。
 
この映画でさえ、死ぬときは「ひとり」で逝ってしまうことに変わりはない。
誰が傍にいてくれようとも、いなくても変わりはない。
でも、そこに至るまでに、かけがえのないパートナーと出会えたことや、その瞬間までに過ごしてきた時間こそが既に得たもの「海に溶け込む太陽の輝き」そのものだったと言えるのだ。
 
それは、少し妙な言い方になるが、「ちょっぴり羨望さえ感じてしまう」切なさだ。
 
死ぬことは、若すぎるとか十分に生きたとかは別にして、簡単に納得出来ることでも歓迎できるものでもないが、より良く死ぬことは、より良く生きたことだ。
そう願って、望むとおりの死に方なんてのは、そうそう誰にでも出来るものでもない。
 

冒険とは真反対の行き方に『鉄道員』(ぽっぽや)がある。
『鉄道員』(ぽっぽや)の佐藤乙松の人生の思い出や、職場での死に方は、あまりにも切ないが、美学があると感じてしまうのは、何も日本人的な感性だからというだけのものではないだろう。


しかし、だ。
 
映画『KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR』の二人が、その人生に例え心残りや後悔があっても、現状の生活を肯定できれば"冒険"はなかった。

黒澤明監督の『生きる』も、「じつは生きていたとは言えない」職場と生活の日常から、主人公がはじめて「前向きな生き方」を選んでこそ、「生きた」ことになる。 

今までやっていなかったことをしようとするのも「アリ」だし、
今までやっていたことに誇りがあるからこそ、何も変えずに職場で戦死しようとするのも「アリ」だ。
 
自宅で過ごすことが日常なら、冒険なしで、自宅での日常を全うするのだって「アリ」なのだ。
 
だからこそ「命短し、恋せよ乙女」♪ ・・・なのである。
 
よく生きること、よく死ぬことは、国境や国籍を越えた人の共感があるように思える。
 
劇中のマーチンの発作のシーンはヤバイ。ルディよりも病状の進行が深刻だからだ。本作品で、よく俯瞰も真上から遠景に地上の様子を見下ろしたアングルが要所要所に出てくるが、これ、私には下界を俯瞰した「神様(天国)から視線」のようにも思えた。
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ルディの友を思う決意の、このシーンもヤバイ。
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「地上はいったい何をやっているんだか・・・」という一種ドタバタのアクションシーン。神様からの俯瞰の目線。ルディとマーチンたちと、マフィア、警官隊との三つ巴の追跡劇。銃弾戦。カーチェイス。
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そうして、カメオ出演的な、あの名優ルトガー・ハウアーの出演シーン。マフィアの大ボス。
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そのルトガー・ハウアーのセリフが、まんま「ブレードランナー」のレプリカント役「ロイ・バッティ」の最後のセリフ、あの詩的なほどに美しくて切ないセリフに酷似している。・・・これは、彼の出演を切望した監督の意図通りの(
ロイ・バッティのセリフを想起させる)ように思えてならない。
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ラストシーン直前。ルディとマーチンの眼前に「海」が見えてくる。
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その海の色は、空の色は、ぬけるような「青色と白」の描写ではなく、「夕間暮れの赤い色」でもなく、ひたすらに「灰色」なのだ。
 
この海の色、波の色の描写、空の描写は、私には少し意外だった。
青と白の目覚めるような色の描写なら、分かりやすいと言えば分かりやすいが、海は広く広く雄大で荘厳ではあったし、ふたりの目は釘付けになってはいたが、どこまでも灰色、ダークグレーの描写だった。
 
美しいだけの描写ではないことが、余韻を与える。
おそらく、彼らの心の中にこそ「鮮やかな青と白」の描写があるのだろう。
 
やがて静かにエンディング。
 
強く印象に残る、いい映画だった。
 
私が知らなさ過ぎただけで、このブログを読まれている方は「今頃お知りになりましたか」と思われてる人も多かろう。

でも、もし未見の方がいらしたら、ぜひ原典ドイツ版の
映画『KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR』をご覧になっていただきたい。
 
さて、
 
最初の方に書いた、この映画を私が知る"とあるキッカケ"というのが、ニコニコ動画のMMDによる二次創作なのである。
タイトルを【東方MMD】 Knockin On Toho's Door 第6話 【映画オマージュ】と云う。
作者は、Curvemirrorman さん
 
【ニコニコ動画】【東方MMD】 Knockin On Toho's Door 第1話 【映画オマージュ】

MMDで、「東方Project」キャラなので、出てくるのはみんな女の子キャラに翻案されている。
女子化が、安直な萌え迎合や、拙アレンジと見るのは時と場合による。
これが、ひと目でそのストーリー性にこそ惹きこまれたのだ。(原典が素晴らしいのだから当然かもしれないが。)
 
だけど、二次創作者のMMDキャラの動かし方、演出、間合い、セリフの翻案やオリジナルシーン。
そうしたものが、真に巧い演出家、作者(アーチスト)がアレンジしないと、どんな名作もボロボロに成り得る。
 
ところが、この二次創作の動画作品によって、「あ、これはぜひ元の映画も見てみたい」と思わせるほどの(良作な)出来栄えだったのだ。
ある意味、それは「すごいこと」だ。

マーチン役を比那名居天子(ひなないてんし)。
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ルディ役を魂魄妖夢(こんぱくようむ)。
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『Knockin on Toho's door』
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テキーラを酌み交わす病院のキッチンシーンの再現が「静」の表現で見事だった。
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女性の言葉に置き換えられた名シーンのセリフが、印象的だった。
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妖夢「でも私、海を見たことないんだ」
 
この、妖夢
(
ルディ役)のセリフに対しての、天子(マーチン役)のセリフ回しが、映画の日本語訳の字幕より気の利いた言い回しになっていて良かったくらい・・・。
映画同様、このシーンに流れるメインテーマのBGM(サントラ)がいい。
 
天子「・・・冗談でしょ?」
「今までずっと生きてきて」
「それも もうすぐ終わるっていうのに、一度も海を見たことがないの?」
 
「天国では何が流行っているか知ってる?」
「天国では海の話をするのよ」
「夕暮れ時」
「太陽が真っ赤に染まりながら 海に溶けていくの」
「鮮やかな光が じんわり広がっていって」
「深い海の色と ゆっくり混ざり合いながら・・・」
 
「でも

「貴方はその話に混ざれない」
「かわいそうに」
「海を見たことがないんだから」
「天国ではきっと仲間はずれにされるんでしょうね」
 
天子のこの例え話に、妖夢はしばらく考えて訊ねる。
 
「どうにかならないかな?」
 
そして、病院を脱け出しての"ロードムービー"につながっていく。

とある街角での描写。二人はとある広告看板(かポスター)の前で立ち止まる。
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映画にもあったシーンの再現。二人が見たのは「大きな海の写真」。「やっぱり、(本物の)海がみたい。」
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神様の目から俯瞰しているようなシーンも再現。
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MMDドラマで秀逸だったのが「ピンクキャデラック」の描写。マーチンの願い、"プリスリー・ファンのママのために、エルビスが実生活で母親にしたようにピンクキャデラックをプレゼントしようとする"シーン。(実話では
1955年製のピンクキャデラックだったが)MMDでは、「キャデラック・エルドラド 1959年式」だった。
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この
エルドラド・モデルが素晴らしい。キャラクターが搭乗している様子も、「MMDって、ここまで出来るの?」と感心した。
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映画にもあったシーンが、背景、自動車、ライトの明滅、雨降りの描写まで含めて再現されていた。「MMDすげぇ~。この作者の構成力、動画編集すげぇ~。」と驚嘆した。
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映画の重要なシーンを12~13分ずつの動画に分割して、シリーズで6話まで、これまで作られていて、次回、7話が最終回らしい。

MMDerの動画は、まだ完結前なのだが、期待して楽しみに待っているところだ。
この「MMDer動画」のおかげで原典映画を知ることになったので、良い二次創作は立派にアートなのである。
 
こちらの「MMDer動画」のBGMの使い方も、今年の流行語大賞に因(ちな)めば、映画とは違う独自のアプローチがあって「神ってる」演出だった。
 
そうしたBGMとは関連が無いが、「生きる」ことや「人生」の描写的に、この「動画」や「映画」を見ていて、私が奇しくも想起したのは、
日本のミュージシャン"野狐禅(やこぜん)"の「カモメ」だった。
 
野狐禅 LIVE カモメ
 
人生って、何かしらしようとしても、何かをしていたつもりでも、ふと思い直してみると「違う場所に来ていた」ということは、ままある。 

それを戒めるのも慰めるのも、考え方ひとつのような気もします。 
開き直るのも、真摯な気持ちになるのも、どちらもあるがままを肯定するのは、ひとつの勇気や祈りなのではないでしょうか。
 
私はこれらの映画や動画や音楽を見て聴いていると、無性に泣けてくるのです。 

       

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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by PINKNUT_INC | 2016-12-03 03:52 | 映画 | Trackback | Comments(0)

パソコンの調整中♪


パソコンの調整中♪ ← 「♪」が付くような気分じゃなくて、ひたすら「耐える」感じ(笑)。
 
古いパソコンで頑張っていますよ。
 
新しいパソコンが欲しいなぁ。
CPUやマザーボードにグラフィックボード自体が旧態依然なの使っているからな。
ホントによく頑張ってると思います。
 
「win10」機は、もうすっかり安定しているのでしょうか?。
 
MMDerとしては、「MMDが、win10で動かなく場合がある。」とか「いや、なんの問題もなく動作するよ。」とかの情報がまだ交錯しているので悩ましいところです。
少なくとも操作画面が変化したりはするらしい。なぜ?。
 
とりあえず、現状でも当方宅のマシンがCドライブ的に"あっぷあっぷ"しているので、中身の(物理的な埃などの)掃除をしたあと、データの整理をしている最中。
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こうして、文字程度なら今キーボード打ち出来るけど、ややこしい画像(細かなキャプチャーとか)の操作が出来ないので。
 
でかいサイズのデータを、まとめて移動、となるとやたら時間がかかる。
"何時間"単位ですよ。
 
画像のこの「残り時間」てのがアテにならない。序盤の方では「あと2時間30分」とかになっていた。 
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それが少し進むと「あと7時間30分」になったり、増えたり減ったりを繰り返す。上の「およそ1時間」もアテにならない(笑)。ま、既に3時間くらい待っているのだが・・・。

今まで整理しないでCドライブに貯めこんでいたのが悪いのだけど。
一気に500GB近いデータを動かそうというのが無理がある(笑)。
もともとバックアップのためにも、外付けHDDに日頃からデータを移動して、整理整頓しておけば後の苦労のしわ寄せもなくて済むのにね。
 
で、この500GBでも整理はまだ序盤なのよ。
 
外付けHDD同士のデータも整理しないと、その時の気分や都合で、どこに何のデータを保存してあるのか分かりにくくなってる。
これもチェックしないと・・・。
 
そんな週明けです。
 



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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by PINKNUT_INC | 2016-11-28 11:15 | ブログ | Trackback | Comments(0)

今年の11月21日(& 11月22日)を振り返って

 
今年の11月21日と言えば、月曜日。
 
実は(距離感的には地元民にしか分からないだろうけど)、私は「垂水区」に住んでいるのだが、同じ神戸でもここは西の端の方。(語弊があるが、言ってしまえば東の方よりは、やや田舎っぽい。)
で、11/21には、神戸市のほぼ中央区の方と言える「花隈(はなくま)」の方に行っていた。
 
所用があってね。
 
花隈ってのは普段はほとんど行く事もない。
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元町と神戸の間。
  
元町には、まだしも出向く機会もあるが、花隈界隈は私には珍しいので、ちょっと回りを散策してみる。
・・・と、路線バスの停留所がなんともお洒落だったりする。 
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うちの近所の、時刻表看板だけがポツンと立ってて、ベンチのひとつも置いていないようなバス亭とはえらい違いだ。
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日差しや雨よけの屋根も独特の形だなぁ。たいていテント張りなんだけどね。↑
待ち座席の少なさから言っても利用客の少ない地点なんだろうけど、お洒落に作ってあるのは観光地界隈らしいな。
 
で、どこに行っても、すぐにコンビニを見つけては、なんとなく中に入る私。
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セブンイレブンが多いかな、やっぱり。
  
あ、ちなみに友人から「誕生日祝い」ってことでフィギュアいただきました。↓
友人からそう認識され(正しい認識だ)、また受け取って愛でている私も私らしい。
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そに子ちゃんは健康的でいいよね♪
  
有難うございます♪。感謝。

あ、フィギュアと言えばここで話題を変えて。
11月21日は、それはそれとして。
 
さて、

 
その翌日、11月22日の早朝には、東日本は「大地震」で大変な日でしたね。
 
関西以西は、ほぼ"揺れ"に関しては問題なかったけど。
 
テレビの緊急速報が凄かったわ。

「すぐにげて」
というひっ迫した警報の文字。

津波警報が出たあと、関係地域の人たちに対する警報文字だったのだけど、過去に見たことない切迫感だった。
「高台へ非難してください」「すぐにげて」の変化は怖すぎる。
 
それにしても、大きな地震が世界各地や、この日本でも、あちこちで連続していますね。
 
ほんとうに怖いわ。
 
私たち一部の、フィギュアを部屋に飾っているようなマニアのみなさん。
(私は、一時期ほど今は飾っていませんが。)
次々と「地震によるフィギュア被災」の報告がネットにもあふれた。
 
戸棚やショーケースとか机の上に、特に免振対策もせずに飾っている人たちは、「直撃」食らいますよね。
マニアのみなさん、大丈夫でしたか?。
 
(対策している人は案外と大丈夫なのかな。)
 
フィギュアやToyのプロショップとかは大変だろうね。
ショーケースは効果的にお客様にアピールするために、所狭しと陳列してあったりもするのだろうし。
 
書店なんかもそうか。
ただ、棚に並べているだけだからなぁ。
ショーケースのある店はどこでもそうか。
 
個人の家でもショーケース置いて飾り物している人は、プロショップと同じ被害が有り得るからね。
 
地震は怖いです。
関西でも、先週の土曜日の午前中だったか、雑居ビルの5階に所用でいたときに「揺れた」ものな。
居合わせた他の客も「お、揺れてる、揺れてる」って固まっていたもの。
 
ああいう時ってなんにも行動に移せずに、揺れがおさまるのを宙を見据えて固まっているしかないですものね。

本当に勘弁してほしい。
 
 

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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by PINKNUT_INC | 2016-11-23 23:11 | ブログ | Trackback | Comments(4)

『ガールズ&パンツァー』ねこにゃーさん♪


『ガールズ&パンツァー』が好き♪
 
でも、私は、真にディープなファンからしたら10合目の1~2合目あたりの事しか知らない程度なので、今更ながらに吃驚したことがある。
 
かなり終盤の方で戦車チームの増援として登場する"ねこにゃー"さん。
(いわゆる、ネットゲーマーと言うか、オタクっぽい3人仲間とで参加するが。)

「ガルパン」見たことある人なら一発で思い出すハズ。この娘ね。↓ 
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渦巻きのトンボメガネがトレードマーク。(これを外すシーンはドラマ中では、まず無かった。)

喋り方も、普段の猫背姿勢も、モロ、不健康なオタク色濃厚な女の子だったから、私はまったく気が付いていなかった・・・。
(ガルパン・ファンには常識的な隠れ設定らしいが・・・。)
 
いや、第12話の最終話のエンドロールで、ねこにゃーさん、メガネ外しているショットが一瞬だけ写っているのよ。
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ガルパン本編を数回見ていても、気が付かなかった。
 
エンドロールで、大洗女子学園 (おおあらいじょしがくえん)のみんなの顔が次々と1秒にも満たないようなカットで数珠つなぎに映されるので、見逃していたのだ。
「あれ?、こんな子いたっけ?」ということにさえ、思い至っていなかった。
 
ねこにゃーさん。メガネ取ると、
ガルパン中でも最右翼に位置するような「美人キャラ」だった。

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これは・・・、すごい♪。(方向としてはスリーナインのメーテル系だよね。萌え解釈で噛み砕いた感じ。)
 
知ってる人は知ってたことらしいんだよなぁ。
・・・私、昨日気が付いたところだよ。

 
さて、
 
ところで、私が「カップヌードル」や「ガールズ&パンツァー」のことで騒いでいたら(騒いでいたつもりでもなかったが(笑)、まぁ、騒いでいたな。)、知人が贈り物をしてくれた。

私の(普段の生活的にも)サイドメニューとも言える「カップヌードル」が箱で届いた!。
 
開封して小躍りの私。曰く、「(私への)誕生日プレゼント」だそうだ。
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そうなのです。本日は、私の誕生日です。さそり座です。
 
 
これは、カップヌードル愛に萌える人間としては1ヶ月早いクリスマスプレゼントも兼ねている。
 
なんか勿体なくてまだヌードル本体の箱は開封していない。
でも、当然食べさせていただきます♪。
(おまけのクリアファイルは、搬送箱を開けると上に乗っていた。こっちも実用と言うより、ファンとしては鑑賞アイテムだな。)
 
割と(晩秋と言うよりもう「冬」の感じの今頃としては)暖かい日でした。
 
 

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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by PINKNUT_INC | 2016-11-21 19:30 | アニメ | Trackback | Comments(4)